千古不易
- 2021/02/19
- 18:13
随分前に達人伝説の虚像と題して三回に渡る連載を行ったが、人間の精神構造というのは千古不易である事を『顔氏家訓』においても知る事が出来るようだ。顔之推は、自分の見るところでは近古以来もっとも精妙な卜筮者といえば京房・管輅・郭璞の三人だけだと言っているが、この内もっとも時代が近い晋の郭璞にしても、之推を遡る事三百年近い人物であって、結局は潤色された(であろう)逸話から構成された像を脳裏に描いて言ってい...
京房の律管占
- 2021/02/16
- 18:23
京房は一般に擲銭法の創始者とされて、断易が擲銭を以て正統なる立卦法とする一つの根拠ともなっているけれど、既に見てきたように擲銭の起源は恐らくは唐宋間にまで下るものと考えるべきであろう。従って漢易諸家も基本的に蓍策を用いて卦を布いていたに違いないと私は思うが、『続漢書』律暦志(司馬彪)に、六十本の律管につめた灰によって占候する京房の奇妙な技法が出ている。候気の法、室を三重に為し戸を閉じ、塗釁必す周く...
死せる京房
- 2021/02/13
- 09:04
前回の記事で、京房こそ断易の源流であると書いたが、象数易(厳密には象数易と占候易は分けて考えるべきだが、ここでは便宜上占候易も象数易に含める事とする)そのものは孟喜を開祖とすべきで、同時代人たる焦延寿も象数易の大家と称して差し支えないが、やはり焦延寿の門人たる京房こそ其の大成者なのであった。しかし、漢易と言えば我々はすぐに象数易とイコールで結んでしまいがちであるけれど、漢初にはまだ義理訓詁を主とす...
返り討ちにあった京房
- 2021/02/10
- 18:30
『顔氏家訓』の中で、著者は災いに罹った卜筮の名人として京房、管輅、郭璞の三人の名を挙げているが、筆頭に挙がっている京房は断易の源流と言って差し支えない人物である(断易の開祖を鬼谷子とする説あり、また京房は漢易の創始者でもないが、現在行われている断易が範をとるのは現行本『京氏易伝』であり、存在自体が怪しい鬼谷子などは言うに足りない)。易は易でも周易のほうは大陸ではとっくの昔に断易に易占法の王座を明け...
鬼神の嫉み
- 2021/02/07
- 13:20
北斉の顔之推が著わした『顔氏家訓』の雑芸篇に卜筮について面白い事が書いてある。(訓読)卜筮なる者は聖人の業なり。但だ近世は復た佳師無く、多くは中つ能はず。古者は卜して疑ひを決せしも、今人は疑ひを卜に生ず。何者、道を守り謀を信じて、一事を行はんと欲するに、卜に惡卦を得れば、反りて恜恜たらしむ、此れの謂か。且つ十に六・七を中つれば、以て上手と爲し、粗々大意を知れば、又 委曲せず。凡そ奇偶を射すれば、自然...
恐るべき周易
- 2021/02/04
- 18:01
宇治左大臣・藤原頼長は、『台記』において、易を学ぶ者には凶があるとか、五十歳以後でなければ読んではならない等という当時の俗伝を根拠なきものとして否定しているが、失脚したのちは政敵に追い詰められて保元の乱で非業の死を遂げ、悪左府(あくさふ)の異名で史上に記録された人物である。頼長は、貴族階級の腐敗が末期的症状を呈した平安の終わりにあっては珍しい強固な意志を以て綱紀粛正に情熱を燃やした人物であり、また...
アラフィフよ、易を学べ
- 2021/02/01
- 18:05
『論語』述而篇に見える「五十にして易を学べば云々」の「易」字が魯論では同音(エキ)の「亦」になっていたという陸徳明『経典釈文』の記載により、孔子はそもそも『易』など読んではおらず、くだんの言も「五十歳にしてまた学びを深めるならば、大きな過ちをする事はなくなるだろう」という全く別の意味なのだとする説は、蒼流庵随想の読者諸賢には周知であろうから今更贅言を弄する事は控えたい。浅野裕一「孔子は『易』を学ん...
吉凶字源説アレコレ
- 2021/01/25
- 18:36
吉凶の字源における宮崎市定説を取り上げたついでに、他の漢字学者の見立てもご紹介しておこうと思う。まずは、『字統』における白川静説から。白川説では、吉を士と口とに分け、士は鉞の刃部の形で、口は祝禱を収める器の形であり、祝詞を収めた器の上に聖器として鉞頭をおき、祝詞の呪能を封じこめて、これを守ることを意味し、「詰める」ことを原義とした文字と解するらしい。凶字は、凵は胸郭であり、その中央に文身として×形...
吉凶の字源について
- 2021/01/22
- 18:05
井伏鱒二の随筆「大岳さん」の後半で、「学」という漢字の字源が「爻」に関係しているという話が出ていて、これは宮崎市定の字源説である(宮崎市定については触れられていないけれども)。宮崎説では、吉凶という漢字は蓍の本数を数えた時の奇遇に由来するとし、任意に掴み取った蓍策の数をカウントして行くときに、二本ずつ×××…という風に並べて行き、それが「爻」字の元になっているとする。易は中庸を貴ぶとはいえ、やはり陽尊...
偉大なるかな高島易
- 2021/01/19
- 18:21
史上もっとも偉大なる易者は誰かと問われれば、私なら迷う事なく呑象高島嘉右衛門の名を挙げる。異論は認めない。呑象の他にこれほど多くのフォロアーもとい偽物を輩出した易者は空前絶後だからである。なるほど、昭和の易聖と謳われた加藤大岳は偉大であろう。『浪華人傑談』が「時人、或ひは精義入神にして、二千年来の一人と称す」と絶賛する真勢中州も偉大な易者に違いない。また、“日本易学中興の祖”新井白蛾は間違いなく偉大...
姓易と号易
- 2021/01/16
- 15:12
井伏氏の随筆を読んでいて、加藤大岳氏の易を「加藤易」と書いているのがどうにも引っ掛かった。加藤の易だから加藤易というので別段間違いという訳ではないにしても、普通我々は「大岳易」とか「岳易」と呼んで「加藤易」と呼ぶ人は他に聞いた事がないからである。しかし、よく考えてみると、高島嘉右衛門の易は「高島易」とか「高島流」とは呼んでも誰も「呑象易」とか、まして「嘉右衛門易」とは言わない。同様に、「白蛾易」は...
汲冢書のこと
- 2020/12/26
- 09:27
このところ中国学は既存の文献を扱う従来の分野よりも出土資料を対象にした研究のほうが活気があるようだ。実際に出土資料によって従来の定説が覆されるような発見が続いているから、それも無理なからぬ事ではあるが、私は正直言って此の手の分野を余り好きになれずにいる。それは最新の成果にアクセスするには中国からの簡体字の情報をこまめにチェックし続けなければならないのが途方もなく面倒に感じるという理由も一つにはある...
亀卜による立卦?
- 2020/12/23
- 13:28

大陸において陸続と発見が続く近年の考古学的成果が術数関連の分野においても極めて興味深い多くの新知見を提示してくれているのは広く知られるところである。其の中には、蓍を用いて卦を布くという繋辞伝記載の筮法を遥かに遡る立卦法の存在を匂わせるものも見つかっていて甚だ興味深い。1987年に河南省舞陽県賈湖村の新石器時代の遺跡より副葬品として発見された八点の亀甲には、内部に数個から数十個の小石が入っており、用途に...
算木再論
- 2020/12/20
- 10:22

かつて算木のはなしを書いて、それが随貞白蛾以降に登場した占具ではないかと考察したところ、読者より算置(さんおき)の歴史を考えれば、江戸よりずっと以前に算木が存在したと考えるべきではないかという趣旨のご指摘を頂いた事がある。算置というのは、我が国中近世の俗占の一種であり、専門からやや外れる為、私は不案内であるが、易に類似した、というよりも易占を通俗化したような占術であったようだ。しかし、そこで用いら...
ゼニとゼイ
- 2020/12/17
- 18:14
一般に正統な立卦具として認識されているのは、断易は銅銭、周易は筮竹という事になっているらしい。少なくともそう思っている人が大多数を占めるのは確かだろう。しかし、筮竹が正統なものだという其の認識も来歴を考えればさして権威を持つ程の古さを誇る訳には行かない筈であるし、断易の立卦を擲銭で行うというのも実は同様ではなかろうか。以前、擲銭源流考で述べたように、京房が創始したとされる其の立卦法も実際の成立年代...