『馬車』横光利一著
- 2023/11/19
- 11:03
横光利一(1898~1947)が昭和七年の元旦の『改造』第十四巻第一号に発表した馬車という短編小説がある。「春は馬車に乗って」のように人口に膾炙した作品ではないが、我々易学徒にとっては「馬車」のほうが遥かに面白い。我が国でこんなに易をちりばめた文学作品はそうあるものでもなかろう。筮法の解説に加えて、新井白蛾や真勢中州といった固有名詞まで登場する辺り、さすがに今東光ほどではないにせよ、利一が相当易に詳しかっ...
『巫・占の異相』 吉村美香編
- 2023/08/25
- 18:26

『巫・占の異相』 吉村美香編(志学社/2023年刊)昨日、奈良場勝先生より志学社から出た新刊『巫・占の異相—東アジアにおける巫・占術の多角的研究—』を御恵送頂いた。国際日本文化研究センターの2020年度の共同研究「巫俗と占術の現在ー東アジア世界の民間信仰の伝播と展開」の成果を元に編まれた一書で、先生は第3章「占術・相術・信仰の受容と展開」の中に「大雑書の易をめぐる書林の動き」を寄稿されている。副題の「東アジア...
『高島嘉右衛門 横浜政商の実業史』松田裕之著
- 2023/02/26
- 10:25

『高島嘉右衛門 横浜政商の実業史』松田裕之著(日本経済評論社/2012年刊)従来の嘉右衛門伝が全てと言って良いくらい呑象自身の証言を全て鵜呑みにして編まれているのに対し、今日ご紹介する松田裕之『高島嘉右衛門 横浜政商の実業史』は、現存する事業関連の公的文書や呑象を取り巻く人物群に関する史料によって呑象の懐旧譚を検証した面白い評伝である。紀藤元之介『乾坤一代男』や高木彬光『大予言者の秘密』が、呑象を数々の...
呑象と象山
- 2023/02/23
- 10:02

今更申し上げるまでもないけれど、まっとうな知識人の間では占いなど女子供の玩具といった程度にしか認識されておらず、『日本史をつくった101人』を読んでもそれがよく分かるというものだ。本書は、日本史をつくった重要人物101人を語る座談会の内容を書籍化したもので、顔ぶれは、伊東光晴(京大名誉教授 / 1927~)・五味文彦(東大名誉教授 / 1946~)・丸谷才一(芥川賞作家 / 1925~2012)・森毅(京大名誉教授 / 1928~2010...
『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚』三好昌子著
- 2022/12/07
- 18:20

『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚』三好昌子著(集英社/2021年刊)三好昌子著『朱花の恋 易学者・新井白蛾奇譚』はミステリー仕立てのファンタジーとでも形容すべき作品で、新井白蛾を主役にした初の小説と聞き、たしか新刊発売日に地元の書店で求めたと記憶している。昨年11月の刊行であるから、ちょうど一年前になるようだ。著者は2017年のデビュー以降、精力的に執筆活動を行っているようで、てっきり若手作家かと思い込んでい...
重修緯書集成
- 2022/11/28
- 18:15

漢文を読むのに特有の句法や品詞の排列法等に習熟する必要があるのは言を俟たないけれど、それ以前に当該分野の熟語を知らないとどうにもならないのは、『漢書』の「顔師古曰」を顔師古が人名と知らない学生が「顔、古えを師として曰く」などと読んでしまった笑い話に明らかであろう。もっとも、この手の話は未熟な学生だけを笑ってすませられる手合のものではない。以前、明徳出版社の『重修緯書集成』シリーズにおける易緯の巻を...
相良知安~医と易~
- 2022/10/04
- 18:16

佐賀新聞社から出ている相良知安の評伝は、「医と易」なる副題に釣られて、てっきり医易学関連の内容と勘違いした結果手にした書籍であるが、明治初期の医療行政の中枢に居た医系技官が失脚して市井の易者になったという意味での「医と易」なのであった。紛らわしい副題と言う他ないが、我が国の西洋医学導入の歴史にとんと疎い庵主にはそれなりに啓発されるところ少なからぬ本であったことを白状しておく。相良知安(1836~1906)...
『ミカドの岩戸がくれ』紀藤元之介著
- 2022/08/10
- 18:19

『ミカドの岩戸がくれ』紀藤元之介著(金龍神社崇敬同志の会/1978年刊)6月の暮れ、神奈川の録画受講生Y氏より「既にお持ちとは思いますが」との前置き付で一冊の古書が届けられた。Y氏の言の如く既にお持ちの一冊、というより広瀬先生と木藤謙さんから過去に恵与されているので、実は三冊目になるのだが、氏が送ってくれた三冊目が最もコレクターズアイテムと呼ぶに相応しい逸品であって、なんと紀藤先生が安岡正篤先生に贈られた...
二冊の『都市の見えないメカニズム』
- 2022/07/25
- 20:50

目黒先生の『都市の見えないメカニズム』という傑作の存在を私が知るところとなった十数年前には既に古書価は相当な高騰を見せていて、現在と同じくAmazonの古書価格では5万円前後の値が付けられていたように思う。今回、復刊に関わる事前情報を先に得る幸運に恵まれた私は、インサイダーさながらに売り抜けて泡銭を得ようかとも考えたのだが、幸か不幸か手持ちの二冊は孰れも特別な来歴を持っており、業界で最後に先生に会うこと...
『周易古筮考』薮田嘉一郎編訳注
- 2022/03/17
- 19:48

『周易古筮考』薮田嘉一郎編訳注(紀元書房/1968年刊)三浦國雄氏の訳注によって我々は疑古的な易説に容易に触れられるようになったものの、直接に其の説を紐解こうとすれば、邦文では薮田嘉一郎『周易古筮考』に拠る他ないようだ。実は三浦本の各卦に附された占例も多く此の本に負っているようである。本書は、尚秉和『周易古筮攷』、聞一多『周易義証類纂』、李鏡池『左国中易筮の研究』『周易筮辞考』の四冊を訳出したもので(...
『易経』三浦國雄訳注
- 2022/03/15
- 19:15

昭和には多くの優れた『易経』注釈書が著わされているが、トリを飾るのは三浦國雄氏の訳注であろう。1988年であるから昭和が終わりを告げる直前の刊行で、角川書店の「鑑賞中国の古典シリーズ」全24巻の首巻として刊行されたものだ。この訳注は、聞一多(1899~1946)や李鏡池(1902~1975)、高亨(1900~1986)といった訓詁派や考古派に属する近代諸家の易説をふんだんに取り入れ、新奇な解釈を試みているところに特色があるが、...
昭和の易書アレコレ
- 2022/03/13
- 21:35
オリジナルの自作テキストと言ったところで、経書の解説に純粋独創など在り得ないことだし、もとより庵主は経学者を以て任ずる者ではないから、結局は糊と鋏の仕事に終始する訳だ。核としたものは自身が経文を学習させて頂いた公田連太郎翁の『易経講話』で、これに昭和の代表的な易書数種を並行して読み進めながら作成している。具体的には、公田本に加えて今井宇三郎氏の新釈漢文大系本、本田済氏の朝日選書本、鈴木由次郎氏の全...
『易学大講座』再読
- 2022/02/13
- 12:51

講座準備の為に先月から『易学大講座』を久しぶりに読み返している。通して読むのは四度目か五度目になるだろうか。所謂大岳易に於ける基本文献とされているから、読んでいる人は何十回となく再読しているのだろうけれど、特別大岳易の信奉者という訳ではない自分は未だ其の程度の回数しか読み返せていない。だいたい此のウネウネした回りくどい文体が初読時にはストレスでしかなかった位で、第一印象の悪さは過去目を通した易書の...
『熹平石経《易》残石』劉燦章編
- 2021/10/23
- 09:40

熹平石経の刻石は現在世界中に散蔵されていて、かつ偽物も相当混じっているらしいから、我々が手軽に利用するのは意外に困難な資料だったりする。碑文の画像をまとめて参照出来るようなサイトが中国あたりには無いものかと調べてみたけれど、管見の限りではそれらしいものを見つける事が出来なかった。仕方がないので、現代中国の出版物で何か画集的に楽しめる安価なものがないかと探してみたら、『熹平石経《易》残石』(河南美術...
『周易正義訓読』野間文史訳注
- 2021/10/14
- 18:36

『周易正義訓読』野間文史訳注(明德出版社/2021年刊)明徳出版社から上梓された野間先生の『周易正義訓読』を春にある方より恵与された。ちょうど購入しようと思いつつ、分厚さと価格に二の足を踏んでいた矢先の事だったので大変有難く思って拝受したのだが、一読これは便利な本だと思った。『周易正義』について、拙ブログの読者諸氏には今更贅言を弄しての解説など不要に違いないが、『周易正義』の底本として魏の王弼注本が選...