『日本経済のトポス』日高普著
- 2020/09/01
- 18:15

『日本経済のトポス』日高普著(青土社/1987年刊)正統な学問的修養を積んだ人の場合、専門外の分野、つまり素人の立場でさえ、立派な成果を挙げ得るという見本として日高普先生の『日本経済のトポス』を取り上げる事にしたい。経済学者が経済の本を書く事のどこが素人に該当するのかと言われる向きもあろうが、著者の専門は資本主義の原理の研究という抽象理論であって、経済史という謂わば歴史学に関しては門外漢だから、やはり...
日高普先生のこと
- 2020/08/27
- 19:27

私が追っかけ的に愛読していた六人の論客は何れも保守派に属する書き手であったが、かつて反動と呼ばれたこの型の知識人も左翼の退潮著しい今となっては、この二字を以て表現される事は全く無くなったようだ。しかし、論壇に於ける分母が拡大したと思しき昨今、追っかけの対象に加えたいと思わせるような優れた知性の持ち主を保守に於いて見出す事が残念ながら出来ずに居る。他の殆ど全ての分野に於けると同じく、日本の指導的階層...
『室町記』山崎正和著
- 2020/08/23
- 13:25

一頃、上梓された本は旧著の復刊を覗いて其の殆どを手にするという半ば追っかけをしていたと言って良いような書き手が複数居て、それは則ち小室直樹、谷沢永一、丸谷才一、渡部昇一、長谷川慶太郎、山崎正和の六名の論客であるが、2010年の小室直樹以降次々と鬼籍に入ってしまい、先日の山崎正和氏の逝去をもって我が追っかけもついに終焉を迎える事となった。追っかけといっても惰性によるところ無きにしも非ず、小室氏の論述...
『諸怪志異』諸星大二郎著
- 2020/07/19
- 13:55

『異界録』諸星大二郎著諸星大二郎(1949~)の代表作として、Wikipediaは『妖怪ハンター』『西遊妖猿伝』『栞と紙魚子』の三作を挙げている。発行部数の上位三位までを順番に並べたものなのかどうかよく判らないが、私なら迷う事なく『諸怪志異』を推す。処女作の『暗黒神話』を第一に推す人も少なくないが、『孔子暗黒伝』と同じく、だんだん話の内容がよく判らなくなって来るのは同様で、その点、本シリーズは単純明快な一話完...
『孔子暗黒伝』諸星大二郎著
- 2020/07/16
- 18:15

『孔子暗黒伝』諸星大二郎著若年の頃は『易』など読むと頭が悪くなるという理由で敬遠していたとされる狩野直喜(1868~1947)も、『論語』述而に従って、五十にして『易』を読み、七十にして大変好んだというが、庵主の場合、まず最初に手を付けた儒教経典は『易』で、『論語』を読んだのは随分後になってからだから、経典の読み方としては、王道(?)とは真逆の手順を踏んだ事になる。が、白状すれば、『易』より『論語』よりず...
近世臨済禅の成立について
- 2020/05/29
- 20:11

季刊『禅文化』253号(禅文化研究所/2019年7月刊)先日、真勢中州先生の墓所がある松雲峰寒山寺の住職・瀧瀬尚純師より、ご高論が掲載された季刊『禅文化』を恵与された。瀧瀬師は、花園大学国際禅学研究所で研究員を務めて居られる学僧でもあり、殊に白隠禅師を詳しく研究されている。2017年の真勢中州先生没後二百年追善法要で御導師を務めて頂いて以来の間柄であるが、同年7月に中尾良信先生との共著で『日本人のこころの言葉 ...
やっぱり似たもの同士
- 2020/05/10
- 18:44

『深沢七郎の滅亡対談』(ちくま文庫/1993年刊)山下清と言えば、深沢七郎(1914~1987)の対談集『滅亡対談』に収められた「やっぱり似たもの同士」も面白い。深沢七郎と言えば、言わずと知れた『楢山節考』の作者であるが、あらかじめ其の話を吹き込まれていた山下画伯は、姥捨て山の話が気になって仕方がない様子で、恐らくもう姥捨て山の話題はうんざりしているであろう深沢は話題を変えようとするも、同席した弟の山下辰造(1...
『日本ぶらりぶらり』山下清著
- 2020/05/07
- 22:51

『日本ぶらりぶらり』山下清著(ちくま文庫/1998年刊)小人閑居して不善を為す等というが、そのせいか、緊急事態宣言発令以降、頭のおかしなコメントが連続で来ていて些かウンザリさせられている。人様にご迷惑を掛けるのも嫌だからGWは大人しく読書でもして過ごそうという殊勝な心掛けの人は小市民ではあっても小人にはあらず、自宅待機を強いられて、憂さ晴らしのツールがネット以外に見つからないというようなのは典型的な不善...
回想の古書店
- 2020/05/04
- 14:10

最近でこそ余り買わなくなったとは言え、蔵書を眺め見て我ながら呆れる程に古本を買い漁って来たものだと思う。もっとも、蒼流庵の架蔵スペース等たかが知れているから、一万冊にも満たない貧弱なものに過ぎず、蔵書家と呼べる規模には程遠い事自明であるが、それでも古書を愛する気持ちは人後に落ちないと思っている。とは言え、それは“正常な”愛書家のそれであって、購入した本は酸化を防ぐ為に絶対包装から解き放たずにそのまま...
有難きかな図書館
- 2020/05/01
- 18:24

一昔前とは打って変わって資料へのアクセスのし易さが格段に良くなった現代、研究者の居住地によるハンディは非常に小さなものになったと言える。かつては地方在住の場合、どうにも手が出せない資料だったものが、現在ではデジタル公開されて、ネットにさえ接続していれば、簡単に全文を調べる事が出来る、というような事例は枚挙に暇が無い。特殊な媒体に発表された論文でも、国会図書館の遠隔複写サービスを利用すれば、一週間程...
ビブリオバトル
- 2020/04/25
- 11:11
この何年かで、ビブリオバトルについて新聞などでも盛んに目にするようになった記憶があるが、Wikipediaによると京都大学から広まった輪読会をこのように呼ぶらしく、読書会の一形式という事であるようだ。このビブリオバトルというものの存在を教えてくれたのも、先日事業占を依頼して来られたO氏だったように思うが、確かあれは氏がエンジニアとして深圳に滞在しておられた頃だったから、かれこれ10年ほど前の事であろうか。其...
『古代国語の音韻に就いて』橋本進吉著
- 2020/03/05
- 18:33

『古代国語の音韻に就いて』橋本進吉著(岩波文庫/1980年初版)連日契沖の史跡を巡り歩いていて、ふと昔読んだ一冊の本を思い出した。それは岩波文庫の一冊として版を重ね続けている橋本進吉(1882~1945)の『古代国語の音韻に就いて』で、江戸時代の学僧という程度の漠然とした認識しか持っていなかった契沖阿闍梨が国学史上いかなる業績をあげた人物なるかを庵主に知らしめた書物こそ、この名著に他ならなかったからである。そ...
図書館の話
- 2020/02/07
- 19:56
曲がりなりにも学問に携わる身なれば図書館利用の頻度は一般大衆に比して高い方であると思うが、様々な施設を利用して来て、利用者の構成層が館の性質によって見事に分かれているという現実を毎度の事ながら痛感させられている。至極当たり前の事を何を今更と言われてはそれまでだが、やはり国会図書館の客層は実にインテリジェンスを感じさせられるし、それに引き換え、地方自治体の公立図書館は昨今極めて劣悪な環境となりつつあ...
『楊枝から世界が見える』稲葉修著
- 2019/12/08
- 15:05

『楊枝から世界が見える』稲葉修著(冬青社/1998年刊)私は歴史小説というものを殆ど読まない。著者の主観によって勝手なこと(それも創作と脚色がふんだんに織り交ぜられて)が色々書かれている歴史小説というものが好きではないし、そういうものを読んで歴史を分かったつもりになっている人にも嫌悪感を覚える(もしドラを読んでドラッカーを分かった気になっている人にも当然嫌悪感を覚える)。また、いわゆる歴史書というもの...
大阪市史編纂所へ
- 2019/08/16
- 21:26

今年のお盆は猛暑のせいもあって何も予定を入れずにいたら、諸般の事情でギリシャ行きが流れた今井秀先生と中野操文庫を閲覧しに行く事になった。中野操(1897~1986)と言えば、関西医史学界の重鎮として斯界を牽引された偉大なる先学であるが、その貴重資料を含む蔵書群は現在大阪市史編纂所の所蔵する処となっている。大阪市立図書館は広瀬宏道先生寄贈せし処の『易学研究』等も架蔵されていて、年に何度か閲覧利用の機会がある...