『日本漢籍受容史』高田宗平編
- 2023/04/12
- 18:48

『日本漢籍受容史』高田宗平編(八木書店/2022年刊)世界に誇る日本文化も結局は中国の周辺文化の一つであって、その歴史は謂わば中国文化の、もっと謂えば漢籍の受容史と言い換えても良い側面を持っている。昨秋出た『日本漢籍受容史』は、その辺りを通覧するのに打って付けの書物であるようだ。それぞれの篇を第一線で活躍する優れた研究者が担当しており、最先端の研究成果が反映されていて、信頼度も高い。個人的には第二部五...
バイカオウレン
- 2023/04/05
- 09:26

テレビの力というのは実に想像を絶しているが、以前上中里にある多紀家墓所を掃苔した際、『JIN-仁-』の影響で多紀元琰(1824~1876)の掃苔にファンが詰めかけたという話を寺の人から聞かされて驚いたことがあった。緒方洪庵の墓に殺到するというなら未だ判らぬでもないが、多紀先生はそれほど魅力的な役柄だったとも思えない。どこでどんな余波があるのか予測不能だが、朝ドラ第三回ではようやく「バイカオウレン」が登場(オー...
『漢文法要説』を読む
- 2023/02/04
- 10:37
間違いが多々あると貶しておいて具体的な箇所を挙げないのは問題があるとの御声を頂いたので、『漢文法要説』中の気付いた箇所を列挙することにする。まずは、『漢文語法の基礎』同様、無害(?)な日本語に於ける助詞の不備から挙げるが、p60の「要する漢字の意味には伸縮がある」は「要するに」、p97の例文3の訳文に於ける「貨幣を統一とようとするならば」は「貨幣を統一しようとするならば」、p102の例文22の訳文中の「もしも...
『四庫提要訳注』土曜談話会編
- 2022/11/04
- 18:04

『四庫提要訳注』土曜談話会編(1966~1967)先日遅ればせながら、土曜談話会編『四庫提要訳注』を古書で購入した。これまで地元の図書館へ足を運んで館内の端末で閲覧するしかなかった国会図書館のデジタル化資料が幸い個人送信扱いになってくれたので、或いは此の本も閲覧出来るようになったのではと検索をかけてみたところ、そもそも国会図書館にさえ架蔵されていないことを知らずに居た自分に愕然とした(公立では宮城県立と東...
『至道無難禅師集』公田連太郎編著
- 2022/09/07
- 18:37

春秋社新装版公田連太郎先生の訳業と言えば、『資治通鑑』の全訳を収め、全体の三分の一を手掛けられた「国訳漢文大成」や、『荘子講話』など殊に世評が高いが、それらは然して誇るに足る程の仕事ではなかったもののようで、漢学者ではなく禅僧の成り損ねを以て自任しておられた先生には漢籍よりも寧ろ仏典関連に取り組んだものの方がより満足のいく仕事であったらしい。その内もっとも傾注して取り組まれたのが、江戸時代初期の臨...
『明徳出版社の六十年と小林日出夫の想い出』小林眞智子編著
- 2022/08/13
- 10:03

(明徳出版社/2013年刊)Y氏からの寄贈図書第三弾は、『明徳出版社の六十年と小林日出夫の想い出』である。平成25年、明徳出版社の創業者である小林日出夫(1927~2007)の七回忌に同社創立六十周年を記念して刊行されたもので、300円という申し訳程度の定価がつけられているのは、当初有縁の方々に無償で配布することを企図していたものの、それでは書店に置くこと叶わず、同社の存在を知らない人々の目に触れる機会を持ち得ない...
住吉大社御文庫
- 2022/03/01
- 18:01

神社への書物の奉献と言えば、言わずと知れた我が大阪の住吉大社「御文庫」など特に有名なものであろう。同文庫は、享保八年(1732)に当時の大坂・京都・江戸の書林らが発起人となって建立されたもので、その創設以来毎年初刷本を献納し、現在五万冊にのぼるとされる蔵書は多数の稀覯書を含み、貴重な資料の集積となっている。現在は出版物は一冊を国会図書館に献納することが法律で義務づけられているけれど、この御文庫は民間の...
『論語』と孔子の生涯(影山輝國著)
- 2021/03/11
- 20:56

古注だ新注だと言ったところで、実占家としての立場からのみ『易』に対峙している人(要するに大多数の易者諸氏)には何のことやらよく判らず、古い注釈が古注で新しい注釈が新注なのかしらんという程度の漠然としたイメージを脳裏に描くのがせいぜいであるかもしれない。古いの新しいのと言っても、それではどこからどこまでが古くてどこからが新しいのかという線引きをはっきりさせない事にはどうにもなるまいが、簡単に説明する...
『論語』の人気
- 2020/08/10
- 22:24

少し前に『論語』や孔子周辺についての取り留めのない雑感を披歴したが、いいねを押してくださった方が随分多くて、驚かされた。儒教典籍について豊かなる知見を蔵しているとは言い難い庵主の駄文が、斬新な『論語』論になっていよう筈もないから、これは結局のところ『論語』が集める『易』などとは比較にならない程の人気を反映した現象に違いない。しかし、改めて調べてみると、私の探し方が悪いだけの話かもしれないけれど、『...
『論語』ヒストリー
- 2020/07/13
- 18:11

成立年代の古い古典的書物は、其の変遷と需要の歴史が複雑怪奇であるのを共通項としていると言って良いが、当然『論語』も其の例に漏れない。書名にしても、孔子の没後に門人等の集めた師の言葉が、確かに孔子の言説であるかどうかを議論して作られたので『論語』というタイトルが付けられたというが、昔は『老子』『孟子』などのように、人名即ち書名であったから、『論語』という名称はずっと時代が下るものである。実際、『孟子...
使乎使乎
- 2020/07/01
- 18:55

『論語』は、孔子と弟子たちとの印象的な問答の記録によって構成されて、いずれもが味わい深い独特なる魅力を持っているのだが、憲問第十四に見えている孔子が蘧伯玉の使者に関心するところなど、私の好きな一節である。蘧伯玉、人を孔子に使いす。孔子、之に座を与えて問ふて曰く、夫子何をか為す。対へて曰く、夫子は其の過ちを寡くせんと欲して未だ能はざるなり。使者出づ。子曰く、使なるかな、使なるかな。(蘧伯玉が孔子の許...
論語本あれこれ
- 2020/06/28
- 13:01

先に書いたように『論語』というのは恐ろしく難解な書物であって、本来漢籍入門として扱えるようなシロモノではない。もし、そのように扱うなら、それは東洋の思想に及ぼした影響の大きさという意味からであって、内容が平明で理解しやすい等という意味では断じてないのである。公田連太郎先生は、生涯もっとも『論語』を読まれたというが、孔子という人間のイメージが掴めないという理由からどれだけ乞われても『論語』の講義は拒...
『論語』雑感
- 2020/06/26
- 20:35
時々蒼流庵随想を読んでいるという友人A氏より、「こんなに庵主が『論語』を嫌っているとは知らなかった」という旨のメールが昨夜送られて来て、白状すれば些かの戸惑いを感じている。成る程、立て続けに孔子や『論語』の悪口めいた事を書き連ねてみたから、そのような誤解を受けたのやもしれないが、これは私の真意を甚だ掴み損ねていて、むしろ私は『論語』ほどに味わい深い古典というものを支那では他に見出し得ないのではない...
『儒教の毒』村松暎著
- 2020/06/23
- 23:47

『儒教の毒』村松暎著 村松暎(1923~2008)の『儒教の毒』は、庵主お気に入りの一冊で、教養ある読書人の多くが小馬鹿にして手に取ろうとしない傾向があるPHP文庫にも、一読巻措く能わざる名著が潜み隠れている事を本書によって知る事が出来る。本書は、長らく絶対的善であるかのように扱われて来た儒教について、ボロクソにこき下ろしたもので、著者は長年慶大で教鞭を執った中国文学者である(作家の村松友視は甥に当たるそうだ...
『天を相手にする』井上文則著
- 2019/03/24
- 18:30

『天を相手にする』井上文則著(国書刊行会/2018年刊)昨年国書刊行会から出た『天を相手にする』が、庵主の如き市定フリークにとって堪らない書物であるのは言うまでもない。私がそうであった様に、宮崎先生の著述を通して、中国ないし其の文化の一端を垣間見た、或は垣間見たような気になった読書人は少なくないと思う。いや、それどころか、一般の読書人にこれほど受け入れられた此の分野の著述家は他に一人も居ないのではない...