自力採取の効用
- 2019/01/13
- 08:20
大阪府下の薬用植物分布調査において、地下部を用いるものの場合は、可能な限り、掘り取ることに努めたのは、勿論、薬用部位を観察するのが目的である(自生種保護の観点から基本的には一種類につき一度しか試みないこととした)。
ところが実際にやってみると、この自力採取には想定外の意外な効用があって、これは臨床家なら普く経験するべきことであると思うようになった。
それは、こういう体験を通じて、生薬の有難味を心の底から認識出来るようになると思うからである。
普通、刻みの生薬はお金を出せば簡単に買うことが出来て、昨今、値上がりが尋常でないとは言え、それでも大して意識せずに、大量に消費されているのが現状であろう。
エキス剤になると、原型を留めていないから、動植物に完全に依拠しているという当たり前のことすら忘れがちである。
そこからは、自然への感謝という湯液家が当然持っているべき筈の感情もそう簡単には生まれて来そうにない。
が、実際にやってみると、葛根のような頻用生薬さえ、自力採取の極めて困難であることをまざまざと見せつけられるのが現実である。
まず、土は固くてスコップくらいでは到底歯が立たないし、栽培種と違って、野生種の場合は、他の植物の根などが複雑に絡みついていて、一個体掘り採るのにも、想像を絶する重労働が要求されるのだ。
ちなみに、生薬探偵が実際に試みて断念したのは葛根と苦参で、悪戦苦闘の上に何とか掘り採ったという経験のうち印象深いものでは、天門冬、虎杖、木防已あたりが思い浮かぶ。
初めて附子を採取した時など、実際の附子の大きさがよく判らなかった為、横から伸びていた全く無関係の樹木の根を誤認して必死で掘ったという苦い思い出もある。
思うに、こういう経験をすれば、多少なりとも臨床の腕前にも幾らかプラスになるところがあるのではなかろうか。
何故なら、安易な大量消費(殊に保険適用の場合)を前提としていると、程度の低い漢方診療を行っても良心の呵責を感じにくい筈であるが、そこに採薬人の苦労を思う時、まともな神経を持ち合わせていれば、高貴薬など一つも含まぬ在り来たりの処方一つを出すにしても、身の引き締まる思いがするのではないかと思う。
一昔前、用いる薬剤は自ら吟味するのが当たり前であったことを先に書いたが、こういう行程が省かれるようになったことと、診療の水準が低下して来たこととは、因果関係とまでは言えぬとしても、相関関係にあるという位には言えるのではないか。
ところで、日本で使用されている生薬のうち国産品でまかなわれているのは、僅かに一割強に過ぎないらしい。
つまり、我が国の現代漢方治療は、中国産の安価な生薬無しには成り立たないのだが、その安価な生薬は安価な労働力によって提供されていることを忘れてはならないだろう。
昨今、対中感情は悪化の一途を辿っているが、そうは言っても中国からの供給無しには、漢方治療が成り立たないという現実は如何ともしがたい。
なお、現在は中国産と言えば、「安価」のイメージがあるが、実際には、昔は唐渡りのものが基本的には良品とされていて、国産品よりも高価な舶来品が有難がられたことは、江戸期の本草書の端々に見えている。
唐招提寺を建立した鑑真が何度も渡航を企てるが盡く失敗するうちに失明してしまい、六度目にしてようやく来日を果たしたのは有名な話だが、昔の航海はそれほど危険と困難を伴うものであって、中国産の薬剤は今とは比較にならぬ高級品であった。
昔の日本人は皆漢方薬を飲んでいたように思っている人も多いが、実際にはほんの一握りの富裕層のみが受けられた治療であって、病父に人参を飲ませる為に娘が遊郭に身売りするというのは、あながちお話の中でだけのことではなかった訳だ。
従って、そういう高価な薬剤を用いる漢方医というのは、現代よりも余程気合の入った診療をしていたのではないかと私は想像する。
だからこそ、吉益東洞の如き気迫で医術に向き合うことが出来たという面もあるのではなかろうか。
少々話がそれてしまったが、生薬資源が如何なる重労働によって供給されるものであるかを体感するのは、漢方家すべてに有益なことであると私は信ずる。
なお、昨今、輸入品の価格高騰に伴って生薬の国内栽培化の重要性が叫ばれているが、そもそもあれだけ試みられているにも関わらず松茸の栽培一つ成功しないように、使用する薬物の完全栽培化などは少なくとも我々の生きている時代に実現するとは到底思われない。
ムラサキなど栽培出来ぬことはないが、非常にデリケートで失敗しやすいというし、人参の連作が著しく困難であるのは広く知られたところである。
また、輸入品を含め、現在使用されている漢方原料は約8割が野生品を採取したものであって、言い換えれば、私たちが普通に使用している漢方薬の8割は、採薬人が大変な苦労をして採取したものなのだ。
これだけは心にとどめておきたい事実である。
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