『もう一つの粟島紀行』安藤潔著
- 2019/06/01
- 10:37
『もう一つの粟島紀行』安藤潔著(近代文芸社/1996年刊)
“粟島”という地名は全国にあって、そこにある神社には大抵少彦名命が祀られているようだ。
ガガイモの実で出来た船に乗ってやって来たという少彦名命は、医薬の神ともされ、神農祭が行われる道修町の少彦名神社でも炎帝神農氏と二神一緒に祀られている。
『もう一つの粟島紀行』は、元中学教師の著者が全国の粟島を訪ね歩いた紀行文で、1993年から96年にかけて著者の住む新潟県村上市の地方新聞に連載した記事を単行本として纏めたもの。
著者が中学教師として最初に赴任した新潟の「粟島」から、和歌山の「淡島」、安芸の「阿波島」に至るまで、八か所を調査した様子が綴られている。
著者は方言に強い関心があるらしく、「アハシマ」はアイヌ語に由来する地名ではないかと推測しており、その当否は門外漢の庵主には正直よく判らぬが、調査を終始一貫する著者の“昭和力”に裏打ちされた調査スタイルは爽快そのもの。
ネット世代ではないから、調査は専ら現地の図書館と役所に依存し(資料の大量コピーを依頼したり中々厚かましく押していくスタイル)、あとは只管現地での聞き込みなのだが、殆ど事前の情報収集など無しに、行き当たりばったりで乗り込んでいく辺り、勢いがあっていい。
行く先々で、地元民の人情に触れて感激しては、過疎化の波に飲まれていく寒村を見て慨嘆するのだが、その古き良き昭和の余韻も30年近く経った今では現地入りしたところでもうあまり感じ取れなくなっているのではないかと思う。
広島への道中、新幹線で自分のカバンが無くなった(悪意のない酔っ払いの取り違えであったことが後で判明する)のにパニックになったり、平成のロビンソン・クルーソーを気取って島での野宿を試みた際、雨に降られて慌てて藪に逃げ込んだところ、藪蚊の大群にたかられ、浜辺に戻ると今度は寝袋が雨でズブ濡れになって使い物にならなくなって途方に暮れたりと、時に著者の無計画性は思わぬ事態を引き起こすのだが、大してへこたれないところもまた昭和力の成せるところのものかもしれない。
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