『楊枝から世界が見える』稲葉修著
- 2019/12/08
- 15:05
『楊枝から世界が見える』稲葉修著(冬青社/1998年刊)
私は歴史小説というものを殆ど読まない。
著者の主観によって勝手なこと(それも創作と脚色がふんだんに織り交ぜられて)が色々書かれている歴史小説というものが好きではないし、そういうものを読んで歴史を分かったつもりになっている人にも嫌悪感を覚える(もしドラを読んでドラッカーを分かった気になっている人にも当然嫌悪感を覚える)。
また、いわゆる歴史書というものにあまり面白みを感じることもないので、私が歴史に疎いのはその為かとも思う。
しかし、そんな私も、或る文物を通して歴史を裏側から眺めるという体裁の歴史書は大好きで、角山栄先生の『時計の社会史』などはその典型的な一冊であるが、今日はそれに負けず劣らずの快著『楊枝から世界が見える』をご紹介したい。
著者の住む大阪の河内長野市(我が粟島行春師がかつて活動されていた地で、昔は麦門冬の産地としても有名だった)は、大正時代から爪楊枝の一大生産地として知られ、現在では殆どの会社が中国に生産拠点を移した為に残念ながら見る影もないが、唯一残っている㈱広栄社の三代目社長稲葉修氏(現在は会長)が、膨大な爪楊枝に関する蘊蓄を披露したのが本書である。
爪楊枝が本来仏典に登場する仏具であったこと、日本で爪楊枝を復興させたのが道元禅師であること、歯磨きに用いる歯木を梵語でダンタカーシュタといい、英語のデンタルは元々インド数字のダンタが語源で、ダンタはインド数字の32を表すこと(永久歯の本数)・・・。
巻を置く能わざる面白さで一気に読めること請け合いである。
また、本来爪楊枝は歯を手入れする為の道具であり、柳の木を原料にしたのは染み出してくるファイトケミカルの効能を期待したものだそうだ。
語学にも堪能でアカデミックな稲葉さんは、故難波恒夫博士の指導を受け、生薬学的な見地から爪楊枝を研究されたこともある。
金や銀で出来た宝飾品としての爪楊枝もあり、欧米には爪楊枝のコレクターも少なくなく、爪楊枝専門のアンティークショップもあるというのは、骨董マニアでも驚きだろう。
広栄社さんが製造しているのは、すべて歯をケアするために徹底的に研究された製品ばかりであり、一度使ってみると他の爪楊枝は使えなくなること請け合いだ。
以下写真はweb上より拝借
私も愛用している一押しアイテム「三角ようじ」
この三角楊枝が主力商品で、歯科医院や薬局に主に卸しているそうだが、高島屋やデパートでも販売されている。
歯茎に負荷がかかると先が折れるようになっていて、普通の楊枝と比べると使用感が全く違っていて驚かされよう。
これは歯茎をマッサージするもので、一時期気に入って使っていたが、最近は面倒になって使用をやめてしまった。
歯茎からよく出血するような人には良いアイテムだろう。
こちらは舌苔を掃除するもの。
東洋医学的見地から言えば、舌苔は外的な方法で除去すべきではないのであまり使わないけれど、こちらの使い心地もなかなか良い。
ちなみに、歯ブラシで掃除する人が居るが、あれは味蕾(味覚をつかさどる部分)を傷つけ、味音痴になる危険があるそうだ。
(株)広栄社では毎週土曜日につまようじ資料室を解放して(見学無料)、会長自らが異常な情熱で爪楊枝の歴史を語るというイベントを開催している。
もう30年以上続けているというが、稲葉さんの情熱にはただ驚嘆するしかない(過去2回参加経験あり)。
資料室には宝飾品としての爪楊枝や世界各地の爪楊枝、関連の和書も展示されており、爪楊枝に関心がない人(つまり日本人の殆ど全て笑)でも大いに楽しめる素晴らしいコレクションである。
稲葉会長とは10年以上前に或る経営の勉強会でお会いして以来、年に1,2度お邪魔するのだが、人徳の点で誰か尊敬できる経営者の名を挙げよと言われれば、私なら真っ先に稲葉会長の名を挙げるに違いない。
東洋医学をやっている人なら一度はお話を聴く価値があると思うによって、本日一見場違いにも思える此の書物を取り上げさせて頂く事にした次第。
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