『論語』における隠者
- 2020/07/10
- 18:14
『論語』には賢愚善悪様々な人物が登場し、それらに対する孔子の評も面白いものだが、私が取り分け魅力を感じるのは、儒者やその理想像たる古聖賢などよりも、寧ろ狂接輿や長沮・桀溺といった所謂“隠者”、つまりは孔子らが理想としなかった一群の人々である。
しかし、それらの人物に対して、孔子は自分とは異なる道に属する人々であるという認識を示して居ても、決して彼らを否定したり、見下したりしている訳でない事は『論語』を読めば明らかだろう。
だいたい孔子という人は、『論語』を読む限り、他人の欠点を挙げたり過ちを批難する事が時にあっても左程多くはなく、むしろ人の長所美点を称揚するよう努めるのが基本姿勢だったらしき事が見て取れる。
隠者(道家や老荘思想家の範疇に属する人々と言っても良いが、勿論当時そのようなカテゴリーがあった訳ではなく、それらが儒者よりも後出のものである事は今日では疑いをいれない)に対しても、それは同様なのだが、それでも『論語』に登場する彼らはやはり尋常一様でない人物であると感じさせられよう。
渡し場の所在を聞く孔子に対して、「魯の孔丘なら渡し場くらい知ってるだろ」と応える長沮、同じく「孔丘なんかと一緒に居るより俺たちと隠遁しようぜ」と子路を誘う桀溺、いずれも聞かれた事には一向に応えず、孔子達をからかう随分人を食った連中だが、これに「鳥獣はともに羣を同じくすべからず云々」と対する孔子の痩せ我慢が透けて見えてるようで、私の好きなシーンである。
そもそも、泰伯第八に「道なければすなわち隠る」と見えているように、孔子は決して隠遁を否定している訳ではない。
むしろ、自身ふんぎりがつかずに思想と行動の間に生じる矛盾の只中で迷いを感じ、痛いところを突く外部からの批判を相当気にして弁解を試みているようなところがある。
微子第十八に出て来る狂接輿も中々愉快な人物で、
楚の狂接輿、歌いて孔子を過ぐ。
曰く、鳳や鳳や、何ぞ徳の衰えたる。
往く者は諫むべからず、来たる者は猶お追うべし。
已みなん已みなん。
今の政に従う者は殆しと。
孔子下りてこれと言わんと欲す。
趨りてこれを辟く。
これと言うを得ざりき。
と、これを読む限り、どうしたって頭のイカれたおっさんの言などではない。
接輿は狂人などではなく、孔子とは別の型の聖賢であろう。
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