『日本経済のトポス』日高普著
- 2020/09/01
- 18:15
『日本経済のトポス』日高普著(青土社/1987年刊)
正統な学問的修養を積んだ人の場合、専門外の分野、つまり素人の立場でさえ、立派な成果を挙げ得るという見本として日高普先生の『日本経済のトポス』を取り上げる事にしたい。
経済学者が経済の本を書く事のどこが素人に該当するのかと言われる向きもあろうが、著者の専門は資本主義の原理の研究という抽象理論であって、経済史という謂わば歴史学に関しては門外漢だから、やはり素人の仕事に属すると言える。
これが分からない人は、短歌も俳句も似たようなものだろうと思っている、それこそ筋金入りの素人というべきだろう。
本書は、律令制の時代にまで遡って説き起こす実に壮大なスケールの日本経済史であるが、何度も述べる様にこれが本当にマルクス経済学者の手に成るものかという位に、著書の洞察と優れたバランス感覚が光っていて、十数年ぶりに読み返してほとほと関心させられている。
著者の見る所、日本は長らく中国の、維新後は西欧の、第二次大戦後は米国に対する周辺文化社会であり、その周辺文化性は2000年に渡って一貫して日本人の行動様式を左右して来たと云い、経済もその例外でない以上、この歴史的前提を考慮すべきと説く。
そして、多くの偶然に助けられながらも、この周辺文化性を最大限に生かす事で、明治以降の急速な近代化を成功させたというのが、この通史の骨子であると言えよう。
最終章「残された問題―21世紀に向かって」で著者が触れている日本の技術開発や、家庭と教育、環境等の諸問題は、刊行から30年を経た現在も解決の目途が立つどころか、悪化の一途を辿っている。
本書の刊行は1987年夏であるから、実際の執筆はちょうどバブル景気の入口の時期に当たっていると見て良いだろうが、数年後から日本経済はかつてない未曾有の停滞期に入る事になる。
今振り返れば、あの時ああしておけばというのは幾らでも言えるのだが、それは現代の我々にしても結局は同じ事であって、正確さを欠く判断の積み重ねは更なる没落に通ずるであろうし、その逆の選択も無数にあるのが本当のところに違いない。
しかし、その判断も結局は過去から学ぶべきところが多大なのであり、このような優れた通史を読む事も一助となるであろう。
ブックオフの棚を見れば、少し時間が経っただけで誰もが読むに堪えないという感想を同じくするような程度の低い読み捨て経済本が幾らでも目に付く。
むしろ、そうでない本を探す方が余程困難な事ではなかろうか。
本書を推す所以である。
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