易たてのこと
- 2021/01/10
- 13:25
『ある学生易者の手記』を読んで思い出したのは井伏鱒二の「易たてのこと」である。
わずか三頁のどうという事もない小品で、易に興味のない人にとっては無用のエッセイに過ぎないけれど、この中に出て来るアルバイトの易たてというのは、佐藤正忠氏のことではないかと、再読して気付いた。
いや初読時に其の事に思い至らなかったのが不思議なくらいだ。
ここに出て来る学生の易たては井伏氏に易のことを聞きに来て、井伏氏が「易のことは知らない」と答えると「しかし、貴方は『吉凶うらなひ』といふ小説を出していらつしやるでせう」と迫っているが、「吉凶うらなひ」の第一章が『新潮』に発表されたのが昭和26年1月で、その時佐藤氏は23歳、年齢の辻褄はだいたい合いそうだし、加えて作中の学生氏は作家志望だと言っていて、佐藤氏もかつては小説家を志して山岡荘八(1907~1978)に弟子入りした経歴があるから、もう佐藤氏以外には考えられないと言っていいだろう。
加えて、易を加藤大岳著易学大講座で独学し、放浪の時は高島を名乗ったとある(この事も『ある学生易者の手記』に出て来る)。
若き学生易者は、易のことを井伏氏に聞きに来たというけれど、これは作家になるための或る種の営業活動に違いない。
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