『周易古筮考』薮田嘉一郎編訳注
- 2022/03/17
- 19:48
『周易古筮考』薮田嘉一郎編訳注(紀元書房/1968年刊)
三浦國雄氏の訳注によって我々は疑古的な易説に容易に触れられるようになったものの、直接に其の説を紐解こうとすれば、邦文では薮田嘉一郎『周易古筮考』に拠る他ないようだ。
実は三浦本の各卦に附された占例も多く此の本に負っているようである。
本書は、尚秉和『周易古筮攷』、聞一多『周易義証類纂』、李鏡池『左国中易筮の研究』『周易筮辞考』の四冊を訳出したもので(ただし『周易義証類纂』のみ抄訳)、長らく『易学研究』誌上に連載されたが、汎日本易学協会の創立三十周年記念事業の一として上梓された。
今日、纏まった疑古的易解として本書以外のものを目に出来ないことからすれば、まさに昭和の易学界を牽引した汎易の記念事業の名に恥じぬものと言う他ない。
普通の儒典としての『易』にのみ慣れ親しんだ者には珍奇な易説のオンパレードで面喰うが、各論の是非は兎も角、今日では『易』の原初の姿は経籍とは似ても似つかぬものであったという観方が確実とされていて、少なくとも易の研究を志す者には疑古的易解は避けて通れぬものとなった感がある。
勿論、各論がてんでバラバラというのは大いに不安を感じさせられるところであるが、それは個人で取捨すれば良いだけの話。
ところで、個人的に本書中もっとも面白いと感じたのは編訳者の後記で、ここで開陳されている薮田氏の易説は或る意味訳出された四書顔負けの新奇さを誇り、なんと『易』は前漢末に作成されたものではないかというのである。
だいたい古典籍の成立年代を引き下げるのは疑古派の御家芸なのだが、薮田氏のそれは其の中でも最も極端な引き下げを行ったもので、この説はそれから間もなく馬王堆漢墓より帛書『周易』が見出されるに及んで脆くも瓦解してしまったものの、流石に今東光が論争になるのを恐れたという人だけあって、今日の目から見ても論証の仕方は実に鋭い(結論は間違っているのだが)。
今読み返して見ても『易学研究』の常連執筆者の中で薮田氏の学力の高さは抜きん出たものがあり、物の観方や分析の鋭さは今日の我々も見習うべき点が多いようだ。
なお、氏は終生在野の研究者で、正統なアカデミズムの世界とは距離があったが、宮崎市定のような世界的大学者の著述中にも名前が見えており、一目も二目も置かれていたことが判る。
かつて青木良仁先生と綜芸舎を訪問して掃苔の機会を持ったのはアルバムを見返すと2013年秋のことであった。
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