国盗り物語
- 2022/07/10
- 09:15
私は原作を読んでいないので、オリジナルに其のシーンがあるのかどうか存じ上げないのだけれども、1973年に司馬遼太郎の『国盗り物語』をNHKが大河ドラマにして放映した際、第七回で平幹二朗扮する斎藤道三が筮占を行う場面があったそうだ。
監修者とした加藤大岳氏に白羽の矢が立てられたのだが、其の時の顛末が『易学研究』昭和48年2月号に見えて居る。
大河の監修ということで、御大もいつになく気合が入ったらしいが、足利の末期に略筮は未だ案出されていなかったので、本筮法で布卦するという設定にしたのは『麒麟がくる』と同様であるものの、お道具類になると、普段使っている占具をそのまま持ち込んだのみにとどまり、殆ど考証らしい考証がなされておらず、奈良場先生のそれとは将に隔世の感があると言えよう(何せ筮竹+算木である)。
勿論、御大も安直に自前の占具を撮影現場に持ち込んだ訳ではない。
算木にしても、国主の弟の持ち物であるとすれば、そんな粗末な素材である筈はないものの、象牙や黒檀が当時の素材として使われていたのかどうかと逡巡した挙句、黒檀に螺鈿象嵌を施したものを使っているのだが、素材云々以前に此の時代には未だ記卦に算木は用いられていないのである。
蓍については、氏にとって神秘のベールに包まれた謎の植物であるから、何等疑いを差し挟む余地さえなく筮“竹”が使用されたが、此の時代に竹製の立卦具が用いられていないことも今日明白と言って良い。
ケロク器も紀元書房製がそのまま持ち込まれたようであるが、『麒麟~』では少々サイズをアレンジしたとは言え、小道具さんが朱子式の木格を再現していて、此の点でも令和の考証水準に軍配が上がっている。
もっとも、これは当時の水準であれば誰を呼んで来て監修させたところで大同小異の結果になったに違いなく、氏の考証が御粗末だったというよりは、それだけ時代と共に学問が進歩したのだと言うべきだろう。
実際の揲筮指導は同行した柳下尚範氏が行ったそうだが、僅かに二回ほどで平幹二朗はすっかり飲み込んでしまったらしく、「新しく斯の道に入つて来た人たちに、これまでに筮さばきの手ほどきをしたことは、数え切れないほどですが、こんなに見事にやってのけた例はないような気がします。筮さばきなどというのは一つの演技に違いないのですが、その演技の中に精神が罩められているのでしよう」とし、“天成の演技者”と絶賛している。
監修者とした加藤大岳氏に白羽の矢が立てられたのだが、其の時の顛末が『易学研究』昭和48年2月号に見えて居る。
大河の監修ということで、御大もいつになく気合が入ったらしいが、足利の末期に略筮は未だ案出されていなかったので、本筮法で布卦するという設定にしたのは『麒麟がくる』と同様であるものの、お道具類になると、普段使っている占具をそのまま持ち込んだのみにとどまり、殆ど考証らしい考証がなされておらず、奈良場先生のそれとは将に隔世の感があると言えよう(何せ筮竹+算木である)。
勿論、御大も安直に自前の占具を撮影現場に持ち込んだ訳ではない。
算木にしても、国主の弟の持ち物であるとすれば、そんな粗末な素材である筈はないものの、象牙や黒檀が当時の素材として使われていたのかどうかと逡巡した挙句、黒檀に螺鈿象嵌を施したものを使っているのだが、素材云々以前に此の時代には未だ記卦に算木は用いられていないのである。
蓍については、氏にとって神秘のベールに包まれた謎の植物であるから、何等疑いを差し挟む余地さえなく筮“竹”が使用されたが、此の時代に竹製の立卦具が用いられていないことも今日明白と言って良い。
ケロク器も紀元書房製がそのまま持ち込まれたようであるが、『麒麟~』では少々サイズをアレンジしたとは言え、小道具さんが朱子式の木格を再現していて、此の点でも令和の考証水準に軍配が上がっている。
もっとも、これは当時の水準であれば誰を呼んで来て監修させたところで大同小異の結果になったに違いなく、氏の考証が御粗末だったというよりは、それだけ時代と共に学問が進歩したのだと言うべきだろう。
実際の揲筮指導は同行した柳下尚範氏が行ったそうだが、僅かに二回ほどで平幹二朗はすっかり飲み込んでしまったらしく、「新しく斯の道に入つて来た人たちに、これまでに筮さばきの手ほどきをしたことは、数え切れないほどですが、こんなに見事にやってのけた例はないような気がします。筮さばきなどというのは一つの演技に違いないのですが、その演技の中に精神が罩められているのでしよう」とし、“天成の演技者”と絶賛している。
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