南総之力
- 2022/10/08
- 10:30
易学に限った話ではないが、学問は地道に基礎となる力をつけることが何よりも重要であるのは言うまでもない。
そして、学問の基礎を確立するには何と言っても意志の力が必要となる訳だが、その次に大切なのは環境である。
勿論、環境と言っても色々あって、知的生活を営む人々の中で静かに学問に打ち込むことを許されるのは極めて恵まれた環境の一つだろう。
しかし、そういったものとはまた別に、「土地のエネルギー」とでも言う他ない要素があるように私は思う。
これは萩の松下村塾を訪れた際、痛感したことだが、あそこは足を踏み入れると頭部にエネルギーが集るような不思議な感覚がある。
また、私は近場にも拘らず未訪なのであるが、友人曰く比叡山も学問に最適な独特の“気”に充ちているのだそうだ。
荻生徂徠と言えば、言わずと知れた江戸時代を代表する儒学者の一人であるが、若い頃は随分苦労を経験していて、父が徳川綱吉の怒りに触れて蟄居する破目になり、14歳で母の故郷(現在の千葉県茂原市本納)に移住、そこで十三年に渡って漢籍から仏典まで独学で渉猟して学問の基礎を作っており、『政談』の中で此の時代を回顧して自分の学問が成ったのは「南総之力」だと述べている。
或いは此の徂徠の云う「南総之力」というのが、私が松下村塾で感じた“何か”に類似したものではなかったかと思い、昨年東大病院に相良知安の記念碑を見物に行ったついでに茂原まで足を延ばしてみた。
深呼吸を繰り返して新鮮な空気を体内に採り入れるだけで、南総之力が全身に漲って来るような爽快を覚える。
きっと、春からの講座で受講者諸氏から質問が殆ど出ないのは、この南総之力を取り入れた結果、明晰極まりない講義が可能となったからに違いない。
そして、学問の基礎を確立するには何と言っても意志の力が必要となる訳だが、その次に大切なのは環境である。
勿論、環境と言っても色々あって、知的生活を営む人々の中で静かに学問に打ち込むことを許されるのは極めて恵まれた環境の一つだろう。
しかし、そういったものとはまた別に、「土地のエネルギー」とでも言う他ない要素があるように私は思う。
これは萩の松下村塾を訪れた際、痛感したことだが、あそこは足を踏み入れると頭部にエネルギーが集るような不思議な感覚がある。
また、私は近場にも拘らず未訪なのであるが、友人曰く比叡山も学問に最適な独特の“気”に充ちているのだそうだ。
荻生徂徠と言えば、言わずと知れた江戸時代を代表する儒学者の一人であるが、若い頃は随分苦労を経験していて、父が徳川綱吉の怒りに触れて蟄居する破目になり、14歳で母の故郷(現在の千葉県茂原市本納)に移住、そこで十三年に渡って漢籍から仏典まで独学で渉猟して学問の基礎を作っており、『政談』の中で此の時代を回顧して自分の学問が成ったのは「南総之力」だと述べている。
或いは此の徂徠の云う「南総之力」というのが、私が松下村塾で感じた“何か”に類似したものではなかったかと思い、昨年東大病院に相良知安の記念碑を見物に行ったついでに茂原まで足を延ばしてみた。
もうすぐ“南総之力”をゲット出来るという期待に胸が高鳴る。
手作り感満載の標識が味わい深い!
ついに荻生徂徠勉学之地(茂原市本納2976-1)へ。
ここに徂徠のお勉強部屋があったようだ。
深呼吸を繰り返して新鮮な空気を体内に採り入れるだけで、南総之力が全身に漲って来るような爽快を覚える。
きっと、春からの講座で受講者諸氏から質問が殆ど出ないのは、この南総之力を取り入れた結果、明晰極まりない講義が可能となったからに違いない。
賢くなりたい人は是非茂原へ!
ついでに掃苔させて頂いた徂徠のオカンの墓所
スポンサーサイト