吉卦と凶卦
- 2022/11/07
- 18:12
蒼流庵易学講座は、早くも易の核たる六十四卦の四分の三に手が届くところにまで進んだ。
二年間の講座としては、まだ四分の一を漸く終えたに過ぎないのだが、知らない言葉や概念が延々続くのは矢張り六十四卦の経文だから、ここを辛抱して頂ければ、後はグンと楽になると思う。
ただ、なるべく実占を通して卦爻辞に触れて頂くよう講座開始直後からお願いしているのだが、受講者の皆さん中々に腰が重くてどうしたものかと思案している。
これは致し方ない面もあって、今期の受講者諸氏は殆どが東洋医学の臨床家で、占い等には端から興味がないという人が多数を占めているのだ。
医易学だとか思想としての易に関心がある人にとって、占い等という子供騙しな事をさせられるのは或いは不快でさえあるかもしれない。
ただし、『易経』が本来卜筮のテキストである事からすれば、やはり義理易だけやったのでは何とはなしに高尚な支那の古代思想に触れたような気になって幾らかの満足を得られても、それは片手落ちと言う他ないし、義理の方を重く見て占筮を軽視するという儒者の多くが取った態度に私は賛成できない。
仕方ないので、半ば強引に賽を振って貰うように誘導しているのだが、いざ遣り始めると其の面白さというのは誰にも容易に感得されるものであるから、だんだんに当初思い描いていた路線が現実的になって来たようで一先ず安堵している。
ただし、現状入門編という段階であるから、卦爻辞の読み方は勿論、占的の立て方も未だ良く分からないという人が多いようだ。
誰でも最初はそこからスタートであるから何ら恥じることでもないし、楽しく学習を進めて行けばそれで問題ない訳だが、初めのうちは漠然とした卦の吉凶というのを感じるように努めてもらうのが良いかもしれない。
勿論、卦の吉凶は所詮相対的なもので、絶対的な吉卦や凶卦というのが在り得ぬ事は、少し学びが深まれば誰もが諒解されるに違いないけれど、全く手掛かりが無いのでは全体の雰囲気が掴みにくいように思われるから、まずは漠然と吉卦、凶卦というニュアンスを掴んでもらうのが良いと思う。
実際、古人も四難卦や三難卦といった表現で取り分け凶兆を観るという卦を挙げている。
ところで、以前、稲垣至顕氏の『ビジネス易学』を読んだ際、第五章「易占のしかた」の中で、四難卦と三吉卦が挙げられていて、屯・習坎・蹇・困の四難卦は従来言われているものだから別段異を唱えぬにしても、火地晋・地風升・風山漸を三吉卦としているところを興味深く読んだ。
四難卦は色々な本で目にするけれど、三吉卦というのは寡聞にして余り見聞きしないように思うが果たしてどうか。
この三吉卦は何れも昇り進む意を持つ卦であるから意図するところはよく判るのだが、風山漸のようなスピードの遅い卦や、互卦に水山蹇を含む火地晋は孰れもそんなにスムーズに事が運ぶという卦ではないような気がする。
この三卦の内では地風升は先ず吉卦の上位に挙げて差し支えないように思うが、言い古された四難卦の方にしても、上下卦のどちらかに坎水を含むという卦の中から凶兆濃厚なものをピックアップしているのみで、蠱、剝、夬、明夷、小過辺りは少なくとも四難卦中に数えられる水雷屯などよりも余程凶兆の卦に思われ、本田済氏も一番悪いのは山地剝だと言っている。
ここで試みに六十四卦を自分なりに吉卦と凶卦に分けてみたところ、吉卦19、凶卦29、吉凶いずれとも決めかねたもの16であった。
詳しい内訳は敢えて書かない(恐らくこれは百人やれば百通りあるだろうから)。
取り敢えず凶卦の占める割合が最も高くなるのは、繋辞下伝の「作易者,其有憂患乎」を裏書きするものとして、別段ズレた分け方をしたということもなかろうと思っている。
二年間の講座としては、まだ四分の一を漸く終えたに過ぎないのだが、知らない言葉や概念が延々続くのは矢張り六十四卦の経文だから、ここを辛抱して頂ければ、後はグンと楽になると思う。
ただ、なるべく実占を通して卦爻辞に触れて頂くよう講座開始直後からお願いしているのだが、受講者の皆さん中々に腰が重くてどうしたものかと思案している。
これは致し方ない面もあって、今期の受講者諸氏は殆どが東洋医学の臨床家で、占い等には端から興味がないという人が多数を占めているのだ。
医易学だとか思想としての易に関心がある人にとって、占い等という子供騙しな事をさせられるのは或いは不快でさえあるかもしれない。
ただし、『易経』が本来卜筮のテキストである事からすれば、やはり義理易だけやったのでは何とはなしに高尚な支那の古代思想に触れたような気になって幾らかの満足を得られても、それは片手落ちと言う他ないし、義理の方を重く見て占筮を軽視するという儒者の多くが取った態度に私は賛成できない。
仕方ないので、半ば強引に賽を振って貰うように誘導しているのだが、いざ遣り始めると其の面白さというのは誰にも容易に感得されるものであるから、だんだんに当初思い描いていた路線が現実的になって来たようで一先ず安堵している。
ただし、現状入門編という段階であるから、卦爻辞の読み方は勿論、占的の立て方も未だ良く分からないという人が多いようだ。
誰でも最初はそこからスタートであるから何ら恥じることでもないし、楽しく学習を進めて行けばそれで問題ない訳だが、初めのうちは漠然とした卦の吉凶というのを感じるように努めてもらうのが良いかもしれない。
勿論、卦の吉凶は所詮相対的なもので、絶対的な吉卦や凶卦というのが在り得ぬ事は、少し学びが深まれば誰もが諒解されるに違いないけれど、全く手掛かりが無いのでは全体の雰囲気が掴みにくいように思われるから、まずは漠然と吉卦、凶卦というニュアンスを掴んでもらうのが良いと思う。
実際、古人も四難卦や三難卦といった表現で取り分け凶兆を観るという卦を挙げている。
ところで、以前、稲垣至顕氏の『ビジネス易学』を読んだ際、第五章「易占のしかた」の中で、四難卦と三吉卦が挙げられていて、屯・習坎・蹇・困の四難卦は従来言われているものだから別段異を唱えぬにしても、火地晋・地風升・風山漸を三吉卦としているところを興味深く読んだ。
四難卦は色々な本で目にするけれど、三吉卦というのは寡聞にして余り見聞きしないように思うが果たしてどうか。
この三吉卦は何れも昇り進む意を持つ卦であるから意図するところはよく判るのだが、風山漸のようなスピードの遅い卦や、互卦に水山蹇を含む火地晋は孰れもそんなにスムーズに事が運ぶという卦ではないような気がする。
この三卦の内では地風升は先ず吉卦の上位に挙げて差し支えないように思うが、言い古された四難卦の方にしても、上下卦のどちらかに坎水を含むという卦の中から凶兆濃厚なものをピックアップしているのみで、蠱、剝、夬、明夷、小過辺りは少なくとも四難卦中に数えられる水雷屯などよりも余程凶兆の卦に思われ、本田済氏も一番悪いのは山地剝だと言っている。
ここで試みに六十四卦を自分なりに吉卦と凶卦に分けてみたところ、吉卦19、凶卦29、吉凶いずれとも決めかねたもの16であった。
詳しい内訳は敢えて書かない(恐らくこれは百人やれば百通りあるだろうから)。
取り敢えず凶卦の占める割合が最も高くなるのは、繋辞下伝の「作易者,其有憂患乎」を裏書きするものとして、別段ズレた分け方をしたということもなかろうと思っている。
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