コメント
厳密には……
この馬車道十番館附近は関東大震災後に大規模な区画整理がなされ、明治期と現在とでは通りの広さや建物の配置が全く異なっております。
関内エリアでも特にこの高島邸のあった附近は最も変化が激しく、実のところ馬車道十番館のある場所は道路の真ん中にあたっておりました。
写真の左側にわずかに写っている駐車場と、その更に横のなんの変哲もない路地裏あたりが実際の高島邸の跡地になります。
馬車道十番館が営業上の宣伝として「高島旧宅」を用いているだけで、実際には馬車道十番館とは2-3軒左にズレた地点こそが正しい高島邸跡地となります。
また電灯の碑についてですが、高島嘉右衛門は横浜の電灯事業にも関わっており、横浜共同電灯会社の初代社長にも就任しておりました。
関内エリアでも特にこの高島邸のあった附近は最も変化が激しく、実のところ馬車道十番館のある場所は道路の真ん中にあたっておりました。
写真の左側にわずかに写っている駐車場と、その更に横のなんの変哲もない路地裏あたりが実際の高島邸の跡地になります。
馬車道十番館が営業上の宣伝として「高島旧宅」を用いているだけで、実際には馬車道十番館とは2-3軒左にズレた地点こそが正しい高島邸跡地となります。
また電灯の碑についてですが、高島嘉右衛門は横浜の電灯事業にも関わっており、横浜共同電灯会社の初代社長にも就任しておりました。
Re: 厳密には……
詳しく正確な旧在地を御教示くださり感謝に堪えません。
再訪の折はまた改めて散策したく思います。
有難う御座いましたm(_ _)m
再訪の折はまた改めて散策したく思います。
有難う御座いましたm(_ _)m