天回医簡
- 2023/04/23
- 19:38
待ちに待った前漢の出土医書群『天回医簡』の全文公開、項数の割に安価に感じることの多い中文書のなかにあって、美術書並みの価格に只々驚かされるが、内容は大変充実している。
推奨年齢は10 歳以上 (出版者より)だそうだ(笑)。
2012年、四川省成都市金牛区天回鎮の「天回漢墓」三号墓より発見された夥しい数の竹簡の写真をフルカラーで収めたのが上巻、釈文と注釈を収録したのが下巻である。
初め、本書の出版が伝えられてもピンと来なかったは、かつて“老官山漢墓医簡”等と呼ばれていたものが、いつの間にか“天回漢墓”や“天回医簡”の名称に変更されていたからで、当初はまた何か新手の出土モノかと思ってしまった。
『脈書上経』『脈書下経』『逆順五色脈臧験精神』『発理』『刺数』『治六十病和斉湯法』『経脈』『療馬書』など八種の医書に加え、経絡人形も出土している。
どうも経絡人形の類が苦手で視界に入ると身の毛がよだつ思いがするのだが、やはり鍼灸家諸氏には人気があるようだ。
経脈関連の話題には疎くて、そちらの内容についてはよく判らぬが、「治六十病和斉湯法」(以前は「六十病方」と呼ばれていた)は仲景方の源流と思われる処方が多く収載されていて、景帝武帝期のものであるから、時代的には馬王堆の「五十二病方」と「武威漢代医簡」の間のミッシングリンクを埋める位置付けとも言えるが、シンプルな「武威漢代医簡」などよりも余程値打ちがあるように思われ、仲景方により雰囲気が近い点で遥かに興味を引かれるところがある。
また、従来解明不能として注者を悩ませ続けていた『史記』扁鵲倉公列伝中の難読箇所を解明する手がかりになりそうなものが含まれており、おのが学力の不足を感じている為にフライングの不安が付き纏うので、ここには書かないが、今後どなたかが道筋をつけてくださるものと期待は大きい。
ただし、この本えらく高いのは仕方ないのだが、注釈を見ると、ちょっとした文字の一致で既存の文献を矢鱈に引いて来るのはどうかと思う。
例えば、「脈書」下経の「至其變化、則无常方矣」の注で繋辞伝上の「方以類聚」を引用したり、同じく「脈書」下経に見える「渫風」につき井卦の爻辞「井渫不食」を引くのも同様、「逆順五色脈臧験精神」中の「重」字を『周易』に於ける重卦と関連させるのも遣り過ぎだろう。
他にも、『素問』『霊枢』『難経』『史記』等夥しく引用してあるが、よく読んでみると到底同文とは呼べないものが少なくないのは、反って変な錯覚を起こさせる(もっとも本書の如き、専門家以外を対象にしている筈はないから、読んで錯覚を起こすような人は最初から手に取らないのかもしれないけれど)。
ちなみに白状しておくと、小生も定価に怖気づいて購入を躊躇っているうちに、初版300部が一瞬で完売して、定価以上の古書価で出回るようになったことを知り愕然とした一人であるのだが、オンライン講座の受講生氏が偶然入手、閲覧させてもらえることになり、7万円が浮いた幸運に狂喜している最中だったりする。
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