『素女妙論』永塚憲治編訳
- 2023/08/01
- 18:12
『素女妙論』永塚憲治編訳(臨川書店/2023年刊)
“孤高の医史学者”永塚憲治先生より、臨川書店から上梓されたばかりの『素女妙論』訳註を御恵送頂いた。
永塚先生は、大東文化にて我が国に於ける陰陽五行説研究の第一人者であった故林克先生(1943~2022)より薫陶を受けられた後、中国に滞在すること十年、更なる研鑽を積まれ、帰国後も郷里の函館に籠って世俗を超越した学究の日々を送られている。
其の知的領域は実に広く、そして深い。
御専門である医史学は勿論のこと、此の分野の古書籍の鑑識眼の確かさに於いて一目も二目も置かれる存在であり、また中国の古陶磁についての造詣の深さでも知られる。
庵主は京大人文研の集まりで知遇を得て、気付けば七八年お付き合い頂いているが、様々な方面で教示を受けることが今も少なくない。
そんな先生が満を持して上梓されたのが此の『素女妙論』訳注で、先生にとって初の単著でもあるのだが、草稿の段階から拝見して来た身としては(律儀な先生は後記の中で庵主の名も挙げてくださっている)、今回の出版実現に我がことの如き喜びを感じていたりもする。
『素女妙論』は、房中術に通じた仙女である素女と伝説上の帝王である黄帝との問答体の形式を取った房中書で、中国には伝存せず、我が国に筆写本のみが伝わる。
東北大の狩野文庫や神宮文庫、杏雨書屋等に収蔵され、大きく分けて嘉靖十五年の刊記を有するものと、丙寅中冬の序文を有するものとの二種類の系統があるが、先生は諸本全てを実地に調査されており、また古書店等から独自に入手された複数の史料を突き合わせて、此の房中書を書誌学的に明らかにし、綿密な校勘を行われた。
本書では上述二系統のテキストに読み下しと平明な現代語訳、精緻な註解が附されていて、難解な原書を我々門外漢にも理解可能とならしめるよう最大限の配慮が払われている。
『医心方』房内篇を読むような好奇心で覗き見られてもそれなりに楽しい本であることは言うまでもないが、嘉靖十五年本の下巻に列挙される春薬の記載は湯液に関心を持つ者の注意を引くであろうし(実際に効能書き通りの作用があるかどうかは別として)、道家的な養生論の周辺領域として見ても、興味深い記述を多く含む。
また、嘉靖十五年本を底本とした抄訳と思われる『黄素妙論』は江戸時代に複数回刊行されており、艶本に様々な形での引用があるから、我が国の近世文化に影響を与えた書物の元ネタとしても重要な書物であると言え、今後の日本艶本研究の基礎資料としても本書は活用されて行くに違いない。
ちなみに、易卦を用いて説明する箇所も多数あって、房中書に限らず、易に対する理解無しには中国文化を読み解くことが出来ないことを痛感させられる。
なお、本書は京大人文研科学史資料叢書全13巻のトップバッターとして上梓されたものであるが、同叢書から刊行予定の『三元参賛延寿書』の訳註も永塚先生が担当される予定であり、玉稿が準備中とのこと。
先生のこれからの益々の御活躍を祈念させて頂く。
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