龍と麒麟と鳳凰と

『易経』を読んでいて、少し不思議に思うのは、龍は何度も出て来るのに、龍と並ぶ瑞獣である麒麟や鳳凰が出て来ないことである。

或いは、経文の起源がそれら瑞獣より古い為に登場し得ないのだということも考えられなくはないが、翼伝にさえ登場しないところが面白いと思う。

説卦伝には八卦の夫々の象意を動物に当て嵌めて行く記述が続くが、黔喙之屬などという何やらよく判らぬものが登場するのに、やはり麒麟や鳳凰はお出ましにならない。

しかし、よく考えれば、龍という瑞獣も分ったようで分からない代物だろう。

岡田英弘（1931～2017）は、龍（grian）はもともと東南アジアのモンスーン地帯の水神で、蛇形をし、その名は東南アジアの諸言語で水路を意味する江（kran）に通じ、中国で古くから龍を信仰する民として有名だったのが、浙江省、福建省、広東省、ヴェトナムの海岸地帯の住民であった越であるといい、宮崎市定（1901～1995）は、インド古来の原住民はおおむね蛇神信仰をもち、そのため外来民族より龍種族と呼ばれた、と言っている。

大阪の易学研究家 小西愛之助は、易経に見える動物、馬・牛・鶏・豕・雉・狗・羊が孰れも実在であるのに、龍だけが架空の想像上の動物であるのはおかしいとし、龍＝鷹ではないかとする説を立てている（十二支の中でも龍のみが架空の存在である）。

有名な聞一多説では、龍を龍星とし、この論証によって乾為天の爻辞の解釈はつくものの、坤為地上六の解釈は龍星では説明がつかない、「飛龍在天」とある以上、それは鳥類でなければならず、「見龍在田」とあるところより、それは狩猟に関係ある筈で、そして「利見大人」とあるから、天子の田猟も関係がある鳥といえば鷹が考えられ（易には隼はあっても鷹は出ていない）、また、文言伝に「雲従龍。風従虎」とある虎が実在であって、龍が架空であっては一貫性がない、とするのが小西説であるが、中々面白い説である。

絵画作品に見える龍はワニに酷似した姿をしていて、東南アジアにもインドにも何かしらの種類が分布しているから、外見だけから言えばワニを元にした霊獣と考えるのが穏当に思うが、それが空を飛ぶことになるのは文字通りの飛躍があるようにも思う。

少々話が脱線したけれど、漢以前の文献には、亀龍麟鳳は瑞獣として頻出するのに対し、『易』が龍に著しく偏っているのは（亀は出ているが、あれは霊獣としての亀ではないと思う）、何か其の起源と関りのある事かもしれない。

また、龍は『論語』に出て来そうで出て来ないのも今回調べてみて初めて知ったが、興味深いことのように思われる。