服部南郭~東京易儒墓参録~
- 2014/07/17
- 18:32
服部南郭墓(東海寺墓地・ 品川区北品川四丁目11-8)
服部南郭(1683~1759)は、天和3年に京都の町人服部元矩の次男として生まれ、名は元喬、字は子遷、通称は幸八・小右衛門といい、南郭・芙蕖館・観翁・周雪・赤羽と号した。
父母の薫陶を受けて幼時から和歌を学び、父の死後江戸へ下って、元禄13年(1700)頃、武蔵川越藩主柳沢吉保(1658~1714)に歌人として仕える。
正徳元年(1711)頃、荻生徂徠(1666~1728)に入門し、古文辞学を修め詩文に優れた。
享保3年(1718)、主家を去って、以後仕官せず、儒書を教授し、詩酒文雅の生涯を送る。
徂徠亡きあと、経学の太宰春台(1680~1747)に対して文学面の指導者と目された。
また、雪舟や周文、狩野元信に私淑した南郭は書画も巧みで、我が国文人画の先覚者の一人とされる。
易書に
『易捷』がある。
スポンサーサイト