漢方医学復興之地
- 2014/10/28
- 18:23
漢方医学復興之地碑(東京都中央区日本橋浜町2-9)
玄治店から東に300mほど、浜町緑道の端に「漢方医学復興之地」と刻まれた黒御影の石碑がある。
これは、明治期に漢方医学が国策として排斥され、まさに滅びようとしていた時代に、『医界之鉄椎』を自費出版して、漢方医学の復興に立ち上がった漢方医・和田啓十郎(1872~1916)の偉業を顕彰する為、かつての医院跡に、日本東洋医学会・東亜医学協会・日本医史学会の協賛で建立されたもの。
ところで、和田啓十郎の悲願は叶えられたのであろうか。
和田啓十郎の在世時から見れば、なるほど漢方は復興されたかに見える。
保険適用にもなったし、日本東洋医学会や東亜医学協会も結構な会員数を擁しているようだ。
しかし、今日の日本で行われている漢方診療のほとんどは、随証治療でもなければ弁証論治でもない、単なる病名投与である。
まだまだ、漢方医学が復興されたような状況ではないし、漢籍に強い世代の多かった昭和の漢方と比べて、現状はずっと退化しているようにしか思えない。
生薬資源の枯渇もこの医学の将来に暗い影を落としている。
試みに「これから日本の漢方はどうなって行くのか?」を筮して、天風姤の四爻を得た。
天風姤は消息卦であり、初爻に生じた一陰がだんだんに成長して、陽を剥ぎ落とし、天山遯、天地否、風地観・・・という風に陰気が増大していく始めを表した卦である。
これから日本の漢方医学はやはり衰退して行くのだろう。
不中不正の四爻には「包无魚。起凶」と、何とも景気の宜しくない辞がかけてある。
しからば、鍼灸医学はどうかと筮して、水地比の三爻。
水地比そのものは、天風姤よりはいくらか景気の良い卦であるけれど、同じく不中不正の得爻には「比之匪人」と、これまた良くない辞がかけられている。
日本の東洋医学の将来はどちらも明るくは無いようだ。
石碑裏面
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