好まれた艮為山
- 2015/01/23
- 18:16
実占に得て愉快でない卦はいくつもあるが、一般に艮為山などもその一つではなかろうか。
いわゆる四大難卦(屯・水・蹇・困)ほどの著しい凶意を見る訳ではないが、卦辞には元亨利貞の一つもないし、爻辞もパッとしないものが並んでいるようだ。
爻辞で吉兆を見ることが出来るのは、上爻の辞くらいのものだが、これとて山の頂上に止まった状態で、それ以上の発展性を持つものではない。
そもそも、実占で艮為山を得ることの大半は、進み方に問題がある場合で、易神から「待った」をかけられた状態であると言って良い。
それだけでなく、重篤な病を扱った病占や失踪占では、この卦に墳墓の象を見て、死象と断ずることもある。
実占において、卦の吉凶は不動のものではないとはいえ、艮為山を得てヒドイ目に遭った経験のある私などには甚だ面白くない卦である。
ところが、この卦は江戸時代の儒者が好んだ卦の一つで、それは朱子をはじめストイックな倫理を重んずる宋儒達が皆この卦を善しとした為であるという。
後藤艮山の“艮山”は言うまでもなく艮為山から採られたものであるが、我が墓参録を振り返れば、白蛾の師に菅野兼山というのが居たし、折衷派に片山兼山というのも居た(艮為山の大象伝には“兼山は艮なり”とある)。
佐藤一斎門下の安積艮斎もまた艮卦を尊んだ人に違いない。
人気では、艮為山は地山謙に及ばないだろうが、謙は艮の上爻変じたもので、共に内卦に山を配している。
動かざること山の如しというこの小成卦自体も又好まれたものかも知れない。
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