田中金峰の墓~大阪漢方史跡~
- 2015/02/15
- 15:01
田中金峰墓(妙寿寺/大阪市中央区中寺1丁目1)
田中金峰(1844~1862)は、弘化元年に儒医・田中華城の男として大阪北久宝寺町で生まれ、名は楽美、字は君安、通称を右馬三郎といい、金峰と号した。
早熟の天才で、14歳の時には、すでに父にかわって門生に『左伝』の講義を行うほどであったという。
また、貧民施療を志とした心やさしい人物であったらしい。
詩文にも優れたが、才能を惜しまれつつ、結核により19歳で夭折した。
没後に父が刊行した漢詩集『大阪繁昌詩』は、当時の大阪の風物を知る上でも貴重な資料となっている。
他に
『温疫論集覧注』
『金匱要略正義』
などの医書もあるようだ。
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