『〈裏〉日本音楽史』斎藤桂著
- 2015/05/05
- 14:21
『〈裏〉日本音楽史』斎藤桂著(春秋社/2015年刊)
新進気鋭の近代文化史研究家・斎藤桂先生(大阪大学文学博士)より、御新著『〈裏〉日本音楽史』(春秋社)を恵与された。
先生とは直接の面識はないのだが、昨秋、初代目黒玄龍子についてお問い合わせがあり、持ち合わせている情報をご提供した。
逆にこちらの方が新事実を教えられたようなところもあるのだが、新著出版の暁には一冊進呈したいと御丁寧なお申し出を頂き、以降楽しみに待っていたのである。
先生の御専門は音楽史とからめた近代文化の御研究であり、門外漢の庵主にはどこまで理解が及ぶか不安を感じるところもあったのだが、読みだすと面白くて止まらない内容であった。
副題に「異形の近代」とあって、近代日本の音楽史を通じ、日本近代化の歩みを裏通りから眺めた内容で、一見取っつき難そうな雰囲気が漂うが、一読巻を措く能わざる面白さであり、著者の力量が只ならぬものであることを感じさせる。
視点の斬新さ、論旨の明快さだけでなく、レトリックの巧みさや濃密な文体も相まって本書はより読み応えのあるものになっているようだ。
初めて日本音楽の通史に挑戦した人物でもある歴史学者・重野安繹を通して、国学と漢学のせめぎ合いと歩み寄りを描いた第1章、武士階級がなくなったはずの明治期に独特な形で武士道的精神が一般化してくる様子を明治最初期の都市伝説騒動「西郷星」を切り口に論じた第2章などが特に私には面白かったが、他にも随所に著者の鋭い洞察が光っている。
ムー大陸や日ユ同祖論を論じた第7章など、と学会が扱ったら単にその奇天烈を笑い飛ばすだけの内容になるところ、著者はこの奇妙な空想が近代史の中で演じた役割をこれまた音楽を通して見ていくのだが、こういうところに著者の独特な手腕を窺うことが出来よう。
振り返れば、漢方や易学の世界に足を踏み入れる前、二十代の頃は、私の最大の関心は社会科学的な分野に注がれており、斎藤先生の扱っている時代は特に強い興味を持っていた分野であった。
久しぶりにこの分野の書物を紐解いたことで、意外にも啓発されるところが随分あって、新しい研究のアイデアがいくつも湧いてきたのは予想外の収穫であったと言える。
漢方にせよ易学にせよ多少なりとも専門的に勉強していると、数年もすれば目新しさが無くなって、余程のものでないかぎりは啓発されるようなことも少なくなるが、異分野の優れた研究には刺激されることが多い。
こんな当たり前のことも、専門に閉じこもっていると分からなくなるものだ。
なお、斎藤先生は現在ヘルシンキ芸術大学シベリウス音楽院博士研究員としてフィンランドに滞在されている。
未来のマエストロたる先生に、機会があれば是非一度お目にかかりたいと思う。
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