『万里の長城』植村清二著
- 2015/10/24
- 18:24
『万里の長城』植村清二著(中公文庫版)
先に、中国史の優れた入門書として、宮崎市定先生の著作の一つを挙げたが、今日ご紹介するのも亦同分野の書物である。
本当のところを言うと、どちらを先に紹介したものか迷ったが、最近文庫に入ったということもあって宮崎中国史を先に取り上げたに過ぎない。
本書は、終戦の前年に創元選書の一冊として刊行されたもので、1979年に中公文庫に入り、2003年には新装版として再び読書人の前に姿を現したものである。
初版は何せ戦前であるから、内容に古さがあるのは否めないし、史実に対する洞察も宮崎先生に一日の長があるように私には感じられるが、それを補って余りあるのが叙述における極めて高度な文学性であり、それ故に本書は単なる通史の域を超えて、第一級の文学作品の如き輝きを放っている。
それもそのはずで、著者の植村清二先生(1901~1987)は、直木賞にその名を残す直木三十五(1891~1934)の実弟であり、戦時中は新潟高校で教鞭をとっていて、その頃の教え子には丸谷才一(1925~2012)や野坂昭如(1930~)がいる。
なお、文藝春秋社の『大世界史』シリーズにも、植村先生の手に成る『万里の長城』(1967)という著述が入っているが、これは実に紛らわしい同題異著であって、こちらの『万里の長城』は通史ではなく、殷から漢に至る古代史のみを扱っている(こちらも中々の名著ではあるのだが)。
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