『中国の孝道』桑原隲蔵著
- 2015/12/12
- 11:35
『中国の孝道』桑原隲蔵著(講談社学術文庫/1977年刊)
門下の宮崎市定の著述が多く文庫化されているのに比べ、師である桑原隲蔵の著述は随分昔に『中国の孝道』が講談社から文庫化されたのみである。
それも89年の三刷を最後に品切れ状態となっているようで、桑原隲蔵の名は一般の知識人の間でも徐々に知られざる存在となってきたようだ。
本書は、表題通り中国社会を貫く孝道、つまり孝行の道について解説したものである。
しかし、この中国の孝道は、我々日本人が「孝行」と聞いて想像するような生易しいものではない。
親がどんなクズ野郎であったとしても、それに反抗することは許されず、それは法律上にも表れており、加害者と被害者との、尊卑長幼の関係如何によって、刑罰の軽重に非常な差がある。
尊長が卑幼に加えた罪は、一般の場合よりその罰が軽く、卑幼が尊長に加えた罪は、一般の場合よりその罰が重い。
伯父父母をぶん殴って負傷させたら、あっという間に縛り首である。
『呂氏春秋』には「尚書に曰く、刑三百、罪は不孝より重きはなし」とあって、中国の法律は不孝を最大の罪悪として扱うのである。
父母の喪中に結婚しても懲罰を受けるし、父祖が入獄中に結婚するのもNGで、服中生子つまり喪中に妊娠しても罰せられ、喪期を終えた後に出生しても、その妊娠の時期に遡り、服中に妊娠していると罪に坐すべきことになる(さすがにこの服中生子は明の太祖の時代に廃止された)。
また、親殺しは打ち首でも生ぬるいということで、五代・北宋から「凌遅」という刑罰が出来て、殊に元代以後は、親殺しは凌遅に処せられるのが一般的になった。
この凌遅というのは、生きながら身体の肉を少しずつ切り落として行って時間をかけながらジワジワ死に至らしめるというもので、こういう刑を思いつくあたりに中国人の残虐性がよく表れているようだ。
清代に親殺し事件が発生すると、その犯罪者を凌遅に処するのみならず、その家屋も家廟も破壊して、一家を断絶せしめ、又かかる不孝者を教育した其の地方の学校教師も厳重な処分を受けて、時には死罪に処せられ、地方長官まで巻き添えになって感化不行届の責を負わねばならなかった。
現代の我々からすれば悪法以外の何物でもないが、逆に孝道維持の見地から面白い措置も取られ、死罪を犯した重罪人でも、祖父母や父母が高齢であったり、病気で自活出来ない状況でかつその面倒を見る親族がいない場合、罪人にその侍養を認め、祖父母や父母を見送って一周忌を終えてから、実刑を科すという措置も取られた。
また、中国の法律中、もっとも家族主義を発揮しているのは、親族間の罪悪を相互に隠蔽することを是認した条文である。
大逆罪を除き、身内の犯罪を隠したり、逃亡を手伝ったりするのは罪にはならず、逆に罪を犯した父母を官憲につきだしたりすれば、その行為が不孝として罪に問われることになる。
この中国の孝道社会では、父母がクズ野郎だった場合の不幸は今日の我が国の比ではなかろう。
不孝は不幸を生むのである。
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