『東洋文明史論』桑原隲蔵著
- 2015/12/15
- 20:42
『東洋文明史論』桑原隲蔵著(平凡社/1988年刊)
平凡社の東洋文庫に桑原隲蔵の『東洋文明史論』という本が入っていて、こちらは現在オンデマンド版が出ているようだ。
書評を含む五篇の論考が収載されているが、何といっても本書の眼目は、古代において文化の中心であった淮水以北の地域が、晋室の南渡以後衰退して、淮水以南の地域が重要性を増して遂にその地位を逆転するに至る過程を論じた「歴史上より観たる南北支那」で、続く「支那人間に於ける食人肉の風習」も古くから行われた中国のカニバリズムを詳細に論じた名篇である。
巻末に附された宮崎市定の解説によると、桑原の著述は純粋な学術的研究であるが、行文平易かつ表現が明快であるから、誰が読んでも分かりやすく、これは桑原の大学における講義でも同様で、難しい言葉やひねくった理論はついぞ出たことがなく、極めてノートが取りやすかったという。
著者の本はこのような講義の段階を経て、更に推敲を加えて出来上がったものであるから、読んで分かり易いのだというが、私はこれを読んで合点のいったことがある。
昨今の比較的新しい東洋学関係の学術書は読んでも内容がさっぱり頭に入らないことがままあって、最初は庵主の頭が悪いために付いていけないだけの話かと思っていたのだが、どうやら必ずしもそれだけではなく、多く書き手の頭脳が明晰を欠いているという理由にもよるようだ。
難しい本を見ると著者は何と頭の良い人なのだろうと我々は思ってしまいがちだが、同じ事柄をもったいつけて難しく書くことのほうが誰が読んでも分かるように書くよりずっと簡単であることは、実際に人様に読まれる為の文章を書くようになるとよく分かる。
こういう明晰な講義が出来て、門外漢でもさしたる疲労を感じずに読めるような学術書を書くことが出来る学者の門下から宮崎市定のような世界的大学者が出たのは決して偶然ではなかろう。
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