『思い出すこと忘れえぬ人』桑原武夫著
- 2015/12/24
- 18:23
『思い出すこと忘れえぬ人』桑原武夫著(文藝春秋/1971年刊)
筑摩叢書の『人間素描』があまりにも良かったので、同著者の『思い出すこと忘れえぬ人』を注文。
『人間素描』が、個人別の回想になっていたのに対し、本書は著者の半自伝的な内容となっている。
したがって、本書は著者の人生の折々に登場する人々については触れるが、あくまでも主体は自分史である為、個人個人に関してはあまり深く掘り下げず簡単な紹介に終始するから、面白さという点では半分以下かもしれない。
とはいえ、相変わらず文章は抜群に巧いので、昨今氾濫している自伝類よりはずっと良い。
著者の文才によって誇張されたものも無いとは言えないが、さりげなく庵主好みのパンチの利いた好人物が何人も出てくる。
町に大火があったという妄想を抱いて、厳存している著者の母方の屋敷に火事見舞いに来る気の触れた親類も何だかほのぼのとしているし、胃潰瘍か何かで身体が衰弱するのをみて、これは精神がだらけているのだ、元気をつけなければならぬと言って、二階の大屋根から地上へとびおりて、血をはいてそのまま死んだ御近所の剣客氏も良い。
また、著者が意識したものかどうか分からぬが、端々に警句めいた優れたフレーズが差し挟まれ、「甘くすればつけ上がるという傾向を人間は、とくにいなかの人は露骨にもっている」「幼少年時代には、やはり文字通り枕頭の書にしなければ、知ることはできても、感覚的になじまずに終わることが多い」などは、中々に味わい深くて印象に残った。
しかし、本書が講談社文芸文庫に入って、『人間素描』が未だにぞんざいな扱いを受けているのは納得がいかぬ。
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