国手・永富独嘯庵先生 没後250年
- 2016/04/13
- 15:35
永富独嘯庵墓と蒼流庵主人
今日は、国手・永富独嘯庵先生没してちょうど250年目の命日に当たる。
亀井南冥による墓碑銘には「明和丙戌三月五日」と刻まれており、明和三年三月五日は、太陽暦に直すと1766年4月13日となるのだが、困ったことに現代では漢方家と雖も暦の知識が欠如しているのが普通らしく、新暦の3月5日を命日と勘違いしてお参りする人が後を絶たないらしい。
旧暦と新暦とでは普通ひと月ほどのズレが生じるのだが、例えば新井白蛾先生の命日たる寛政4年5月14日の場合など、陰暦の閏年で3月が二度あった為に、太陽暦に換算すると7月2日となって、新旧の暦で一月半もの差が生じる。
こうなると、実際の命日と新暦の日付とを混同した場合には、季節感に相当なズレが生じてしまう訳だ。
白蛾先生の供養祭などは、主催が汎日本易学協会だった為、正確に日付を新暦に直して挙行していたが、今日の漢方家や易学家は、この程度の知識も持ち合わせていないのが普通らしいので、ネットで様々な先賢先哲の供養墓参を調べてみても、実にナンセンスな日に墓参している人が大半(というか殆んど)であった。
ともあれ、尊敬する先賢先哲の墓参を行うのは大いに奨励すべきことで、日付のナンセンスなど笑うには及ばない。
いつでも思い立った日に参拝されるのが一番である。
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