真勢易と『筮儀至賾伝』
- 2017/03/22
- 23:05
『筮儀至賾伝』浜野生生著(1760年刊)
谷川龍山は『周易本筮指南』において「爻卦ナルモノハ、周代ニ其法アレドモ其伝ヲ失セリ。吾師古ヲ考テ爻卦ナルモノヲ製作ス」と云い、各爻に小成卦の配される十八変筮法を詳述している。
これを略したものが、今日我々が用いるところの中筮法であり、多くの人は此の筮法を真勢易として認識しているのではないかと思う。
十八変であるか六変であるかの手数の違いは重要ではなく、要するに此の筮法は爻卦によって各爻が表出されるという点に特色がある訳だ。
しかし、これが龍山の云う様な中州の製作でないことは間違いなく、濱野生生なる盲人卜者の著述『筮儀至賾伝』に既に見えており、撰者の観玩斎(濱野生生の友人とある)による序文には、宝暦九年(1759)とあって、中州が五歳の時に著された書物らしい。
濱野生生というのが如何なる人物であったのかは詳らかでなく、其の爻卦を配する筮法も又濱野の創作であるのかどうか定かではないが、文献上辿ることの出来る中筮の原型は、目下『筮儀至賾伝』が最古のものと思われる。
『筮儀至賾伝』は僅か二十二頁の小さな書物で、爻卦についてそれほど詳しく説かれている訳ではないが、天候占が一例載せられており、得卦は乾為天之水天需となっていて(爻卦は乾坎乾艮震坎)、
天占ノ占ニハ必ス雨降ダルトシテ卯ノ刻ヨリ巳午ノ正刻迠ニ天晴ルヽトイヘドモ雨フル。之卦需ハ水気天ニノボル卦也。北方坎水気中央震湿雲ノ気コレ木克土也。西方艮湿気也。東方南方乾也日也。水気天ニ在ル故ニ雨降ス。疾病ナレバ病脾肺ニ在リ。或ハ官禄ノ望ニハ宜シ。六十四卦此例ヲ以テ推スベシ。
と解説されている。
濱野生生も序文を書いた観玩斎も共に尾張の人であると書かれており、中州もまた尾張の産であることを思う時、真勢易と此の濱野易とを関連付けたくなって来るのは、独り庵主ばかりではあるまい。
一般に中州は白蛾の門に学んだ人とされているが、白蛾の下で初めて易を学んだという訳ではないだろうし、尾張時代に濱野生生ないし其の系譜に連なる卜者に易の手ほどきを受けたことがあったのではなかろうか。
確たる証拠など勿論無いが、あれこれ夢想するのは楽しいものだ。
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