新井白蛾の三変筮
- 2014/01/23
- 20:43
新井白蛾が常用したのは三変筮であったとされているが、この白蛾の三変筮は私たちが今日用いているものとは、揲筮の手順こそ同じでも、内容はかなり違うものである。
たとえば、同じ三変筮でも高島嘉右衛門のやり方は、爻辞を採る為に、必然的に行き着いた筮法であって、例えば、乾為天の初爻を得た場合、高島流では初爻の爻辞である「潜龍勿用」を用いて占断を行う。
ところが、白蛾流の場合は爻辞は見ずに、爻をひっくり返し、「乾為天の天風姤に之く」と観て、之卦も判断の材料として重く観るのである。
高島嘉右衛門の三変筮は、爻辞占の為に行き着いた必然的筮法であり、新井白蛾のそれは十八変という煩瑣な手順を踏む本筮法を簡略化した結果の筮法であって、加藤大岳先生は白蛾のものは「略筮」と呼ぶべきであるが、嘉右衛門の場合は他の筮法を省略した訳ではないから、これは「三変筮」として、名称も区別すべきとしておられる。
しかし、必ず爻変が一つに限られる白蛾の略筮は、之卦は六種類にしか発展し得ないわけだから、占いとしての完成度は低いと見るべきだろう。
天眼通や響通伝など、白蛾の秘伝とされる技法も結局はこの辺りの欠陥を埋める小細工と見られなくもない。
なお、白蛾の筮法における之卦は、時間的推移を表すものであるけれど、加藤大岳先生の流派では、三変筮における之卦を伏卦として捉え、得卦の中に含み蔵されている一つの動きとして補助的に解釈する。
この伏卦に裏卦という名称を当てている人もいるけれど、得卦と対等に並べて考える場合が裏卦であり、得卦のウラに含まれていると考えたとき伏卦として区別するのが岳易における三変筮である。
同様に三変筮の場合は、動爻や変爻と呼ばずに、得爻と呼ぶのが適切だとしている。
最近は三変筮で爻を毎回ひっくり返す白蛾流の人は少なくなったようだが、時折そういう易者さんに出くわすことがある。
大岳易の洗礼を受けた人は、これを時代遅れのものとして馬鹿にする傾向があるけれど、少なくとも白蛾はこのやり方で名占家として一家を成した訳だから、同じくらいの名人芸を見せられなければ、馬鹿にされるのはどちらの方だろうかと私は思う。
たとえば、同じ三変筮でも高島嘉右衛門のやり方は、爻辞を採る為に、必然的に行き着いた筮法であって、例えば、乾為天の初爻を得た場合、高島流では初爻の爻辞である「潜龍勿用」を用いて占断を行う。
ところが、白蛾流の場合は爻辞は見ずに、爻をひっくり返し、「乾為天の天風姤に之く」と観て、之卦も判断の材料として重く観るのである。
高島嘉右衛門の三変筮は、爻辞占の為に行き着いた必然的筮法であり、新井白蛾のそれは十八変という煩瑣な手順を踏む本筮法を簡略化した結果の筮法であって、加藤大岳先生は白蛾のものは「略筮」と呼ぶべきであるが、嘉右衛門の場合は他の筮法を省略した訳ではないから、これは「三変筮」として、名称も区別すべきとしておられる。
しかし、必ず爻変が一つに限られる白蛾の略筮は、之卦は六種類にしか発展し得ないわけだから、占いとしての完成度は低いと見るべきだろう。
天眼通や響通伝など、白蛾の秘伝とされる技法も結局はこの辺りの欠陥を埋める小細工と見られなくもない。
なお、白蛾の筮法における之卦は、時間的推移を表すものであるけれど、加藤大岳先生の流派では、三変筮における之卦を伏卦として捉え、得卦の中に含み蔵されている一つの動きとして補助的に解釈する。
この伏卦に裏卦という名称を当てている人もいるけれど、得卦と対等に並べて考える場合が裏卦であり、得卦のウラに含まれていると考えたとき伏卦として区別するのが岳易における三変筮である。
同様に三変筮の場合は、動爻や変爻と呼ばずに、得爻と呼ぶのが適切だとしている。
最近は三変筮で爻を毎回ひっくり返す白蛾流の人は少なくなったようだが、時折そういう易者さんに出くわすことがある。
大岳易の洗礼を受けた人は、これを時代遅れのものとして馬鹿にする傾向があるけれど、少なくとも白蛾はこのやり方で名占家として一家を成した訳だから、同じくらいの名人芸を見せられなければ、馬鹿にされるのはどちらの方だろうかと私は思う。
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