八面のサイコロ

先日、いつも四日置きに通っている古書店のワゴンセールを漁っていて、古山高麗雄（1920～2002）の『八面のサイコロ』という本が目に留まった。

1977年に出た随筆集で、何か易の話でも書いてあるのかと期待して読んでみたが、表題作には残念なことに易どころか、八面賽の文字すら出てこなくて、なんだか騙された様な気分になった。

ただ、あとがきの中に以下のようなくだりがあるから、やはり八面のサイコロというのは易占を言ったものに相違なかろう。

四十にして不惑どころか、私はもう五十の半ばを越したが、相変わらず迷いぱなしである。

そういう私に応わしいような気がして、題名を「八面のサイコロ」とつけた。

サイコロに八面のものがあることをご存じだろうか。

競馬をする人はご存じかもしれないが、そういうサイコロを振って、その目で馬券を買う人がいる。

無論、滅多に当たりはしない。

私の意見など、投げられた八面のサイコロの目ほどの重さもあるまいと考えて、書題に使うことにした。

著者が易占を信頼していないことはここから明らかであるが、興味を引かれたのは、「競馬をする人はご存じかもしれないが」というくだりで、この一文が書かれた1970年代には少なからぬ競馬愛好家が易占による競馬予想に手を染めていたようだ。

「無論、滅多に当たりはしない」というのは、著者も庵主も意見を同じくする。

当時はまだ樹脂製の安価なものは無かっただろうから、恐らくは結構な大枚をはたいて象牙製の賽を購入していた筈で、ウマキチたちの儚い努力（？）には中々涙ぐましいものを感じざるを得ない。

ところで、最近では思うところあって私自身は賽をあまり使わなくなっているのだが、現在の我が国の易占は八面賽（および六面賽）を用いて立卦するのが圧倒的な多数派だろうと思う。

しかし、同じく現在の主流を為す三変筮の爻辞占が高島嘉右衛門によって人口に膾炙した意外に新しい占法であるように、この八面賽を用いた立卦法もまた恐らくは明治以降に登場したものであるようだ。

賽と占術との関わりは非常に古くまで遡ることが出来るようだが、管見の限りでは、江戸時代に無筮立卦法として八面賽が用いられた形跡は認められない。

確実なところでは、高島嘉右衛門の甥で二世呑象を名乗った高島徳右衛門（1869～1933）が象牙の八面賽を好んで用いたというし、断易の九鬼盛隆（1869～1941）もまた神蓍と一緒に八面賽を用いている。

したがって、少なくとも昭和初期くらいまでは遡ることが出来そうだが、果たして実際に考案されたのはいつ頃であろう。

下手をすると、明治まで遡ることは出来ないかもしれない。

『周易裏街道』の388頁には、八面賽は高島徳右衛門が発明し、加藤大岳先生がそれを客に知られぬように立卦するのに利用して一般に普及さした、とあり、二世呑象の発明品であると明言しているが、この二世呑象、木挽町の大地主で、熊崎健翁が神輿として担いだという他は、生没年もはっきりしない謎の多い人物でもあって、私も一時期色々調べてみたが、殆ど手がかりを得ることは出来なかった。